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昨年の夏、何かと話題のミュージカル「WE WILL ROCK YOU」を母娘で観劇した(オカン連れでロンドン旅行をした時のこと)。前日に観た、映画によるブーム到来前の「シカゴ」は、ロングランを続ける老舗の雰囲気が客席にも漂っていた。要するにお客がさほど入ってはいなかったのだが、WWRYの方はといえば、開演を待つ人々の熱気からして賑やかで初々しい。様々な年齢層の2人連れの他、おじいちゃんおばあちゃんを含めた家族総出で来ているグループもあり、劇場全体がアットホームな空気に包まれているのが印象的だった。
◆舞台設定は近未来(以下の小見出しはすべて編集の方によるもの。恐縮です)
『イニュエンドウ』のイントロに合わせて、正面にロックの年表が映し出される。プレスリー、ビートルズ、…あっ、クイーンだ。観客から拍手が沸き起こる。しかしその歓声が徐々に戸惑いのざわめきに変わった。
19××年、ロックが禁止? 迫害? 何かおかしい。私たちの知っている歴史じゃない。上部両脇(オーケストラピットは無く、舞台を見上げる位置で生演奏されていた)から叩きつける音楽と、同じく攻撃的に交差する照明に目をしばたいているうちに、物語の舞台は近未来、音楽が画一化され、管理されてしまった社会へと移っていた。
歪んでしまった近未来の話。SFが共通の趣味で、『マシーン・ワールド』なんていう曲を共作しているブライアン・メイとロジャー・テイラーが好きそうなテーマだ。そういえば、数年前クイーンが全面バックアップしたPCゲーム「the eYe」もそうだった(『イニュエンドウ』で仰々しく始まるあたりも似ている)。ゲームのBGM用に新しくリミックスされた曲の数々、クイーンの世界を表現して余りある絢爛豪華なビジュアルを擁しながらも、発売されてあっというまに幻のB級ゲームと化してしまったこの「the eYe」の最大のウィーク・ポイントは、製作に時間を掛け過ぎて、企画当時の最新技術が時代にそぐわなくなってしまったことよりも、主人公(プレイヤー)が怖ろしくいけてない中年のおっさんキャラ(名前からして「デュブロック」だもんなあ)だったことにあるのではないかと睨んでいた。
◆主人公はガリレオ、ヒロインはスカラムーシュ
だがこのミュージカルの主役は、周囲に馴染めず疎外感を味わっている若者=ガリレオ。観客がより共感できる人物像になっているおかげで、「the eYe」の轍を踏まずに済んだようだ。ガリレオは管理・統制された社会に溶け込めないでいる。反抗的なのではない。画一化社会の元凶である1つの会社(その名もグローバル・ソフト)があらゆる音楽を牛耳り、軽薄なアイドル・バンドを産出しては機械音を配信し、皆がそれに慣らされている現状にありながら、彼の頭の中には、独特のリズムを持つ禁断の「言葉=歌」が絶えず響き渡っているからなのだ。そんな自分を持て余し気味の彼が出会うのが、人と同じファッション、同じ考えに抗って自ら社会からはみ出た風情の不良少女=スカラムーシュ。「少し臆病な少年と押しの強い少女」という構図は今の世の中に有り勝ちで、このあたりの設定も、誰もがすんなり世界に溶け込める要因になっている。
大昔の記事を漁り、遠い過去の遺物となったロックを自分たちなりに信奉しているグループ=ボヘミアンズとの交流(「大昔」に生きる私たちは、彼らの大真面目な勘違いぶりが笑える)、さらには、自分たちでバンドを作り、曲を作ることが出来た古き良き時代を知るが故に、地下生活を強いられている中年男=ポップからの教示を経て、若い2人は、かつて画一化社会への流れに抵抗し、あえない最期を遂げたといわれる「伝説のバンド」の存在を知る。生身の音楽を取り戻せる鍵は、彼らだと。「聖なる地」には、「もじゃもじゃ頭のギターの神様」が密かに埋めた「聖なる楽器」があるのだと。
「聖なる地」とはどこか?「聖なる楽器」とは何か? そしてガリレオの脳裏に渦巻く「言葉」の意味は? ガリレオたちは、逸脱者を許さないグローバル・ソフト社のボスとその部下の追跡をかわし、革命を起こしうる「救世主」となることが出来るのか…?
◆聖なる楽器を探して
正直なところ、脚本はB級テイストが漂っていて、当初はメディアがこぞって酷評していたらしいのも頷けた。だが、クイーンの音楽が「お偉方向き」では無かったのと同じで(何しろ「フラッシュ・ゴードン」がよく似合うバンドでもあるのだ)、彼らの持つ、少々くどめで下世話な派手さをフィーチャーしたこのミュージカルが、批評家連中の琴線に触れ得なかったのも無理はない。筋が読める大半の観客は、「聖なる楽器」が瓦礫からおもむろに現れた時など、拍手の前に「やっぱりそうきたか!」という笑い声を上げていたが、この分かりやすさこそが、ミュージカルを成功に導いた一つの要素だと思えた。とにかく、この展開を『愛にすべてを』『ブレイク・フリー』を始めとする御馴染みの曲たちがこれでもかと後押ししているのだから、それだけでファン冥利に尽きる。まず照明や舞台装置での盛り上げ方が並大抵ではない。最前列に座ったせいもあるのだが、客席にぐっとせり出した足場から歌うダイナマイト・ボディの悪役、キラー・クイーンなどはまさに圧巻だった。そして、物語に呼応したナンバーが次々と演奏される中、最高潮で「あの曲」になだれ込む、といった楽曲の組み立て方に唸らされた。
◆ミュージシャンでありながら、エンターテイナーでもあるクイーン
「クイーン・ミュージカル」の企画が進行中だという話は、数年前から出ていた(97年3月のOIQFC会報でジョンも言っていた。→「喜びへの道」)。彼ら自身のバイオグラフィーを基にした脚本ということで、メンバー役に決まった舞台俳優のインタビューを読んだ記憶もある(こちら。ジョンを演じる予定だった人の記事)。その企画が頓挫し、代わって登場したのが、コメディアンのベン・エルトンによるこのストーリーだった。先の企画が没になったのは、彼ら自身「他者が演じる自分」に戸惑いを覚えたためだと言われているが、メンバーの半生を知る私たちもまた、「他者が演じる彼ら」に感情移入できるかと言われると難しい。ガリレオはどことなく若い頃のフレディ・マーキュリーを彷彿させる。だが、フレディ自身ではないということが幸いしたのではないだろうか。フレディをテーマにしたモーリス・ベジャールの「バレエ・フォー・ライフ」は芸術作品として素晴らしかった。しかしクイーンの音楽は、それを聴いてメンバーにしみじみ思いを馳せるだけのものではない。作り手たちの存在を超えた、もっと荒唐無稽で楽しいものでもあるのだということに、このミュージカルは気づかせてくれる。
以前、ベーシストのジョン・ディーコンがいみじくも「僕たちはミュージシャンでありながら、エンターテイナーでもある。世界を救うといった大袈裟なことではなくて、ただ人々にちょっとした毎日の楽しみを提供できればそれで本望なんだ」というようなことを語っていたが(ミラクル・エキスプレスをバックにしたPV撮影時のインタビュー)(フレディ亡き後の二次的な活動への参加をためらい続ける彼は、残り2名と違ってこのミュージカルの製作にも全く関与していないが、ベン・エルトンによれば、彼の脚本にOKサインは出してくれたらしい(パブで一緒に飲んだ時に。))、クイーンの音楽そのものに着目し、まさにその彼ら特有のエンターテインメント性を前面に押し出したベン・エルトンの手腕は冴え渡っていた。
◆インベーダーゲームの影
また、ファン心をくすぐる演出にも長けていて、例えばガリレオ自身は「聖なる楽器」を満足に扱えなかったり(フレディはギターが苦手という事実はファンの間では有名だ)、キラー・クイーンの部下、カショーギの、シルバー・ブロンドにサングラスという容貌が最近のロジャーにかなり似ていたり(これはたまたま演者の雰囲気が似ていただけということだが)、といった些細な部分でニヤっとさせられる。生憎ジョン似のキャラクターはいないし、ベース(リズム・セクション)が無くとも世界は救えるようなので、ジョンのファンである私にとっては少々物足りなかったが(「少々」どころか「むちゃくちゃ」物足りなかったのだが)、非常にマニアックな点を挙げれば、キラー・クイーンが『地獄へ道づれ』を歌う際のバックに、80年代に流行ったインベーダー・ゲームが映し出されたのが可笑しかった(『道づれ』がアメリカで賞を取った際、授賞式で嬉しそうなジョンが着用していたセーターが、まさしくインベーダー・ゲーム柄だったからである)。
本国での大成功に続けとばかりに、オーストラリア、そしてスペインへと勢力を拡大しているこのミュージカル。1周年を過ぎた今、日本公演の呼び声も高まっている。クイーンの音楽さえあればそれだけで盛り上がれること請け合いだが、仮にオリジナルのまま輸入された場合、実際は老若男女が楽しめる分かりやすいストーリーであるにも関わらず、英語が客層を限定してしまいそうでもったいない気がする。一方、日本語でというのもなかなか難しそうだ。例えば、クイーンのみならずビートルズのタイトルや歌詞が台詞の端々に織り込まれているところがこのミュージカルの一つの特徴で、それでしばしば客席が沸いていたのだが、今まで原語で慣れ親しんできたフレーズを下手に日本語にされても、ファンは戸惑ってしまうのではないだろうか。これ以上手を加えたら駄作になってしまいそうなギリギリのところに位置して成功を収めている作品な訳であるが、その雰囲気を保ったままの形で、日本でも観劇できることを期待したい。
で、とうとう2005年5月現在、日本公演が実現されるのを記念して、2年前の記事を引っ張り出してきた。インベーダー・ゲームは今回も映るのだろうか…? ちなみに本誌にはジョン度の高い写真がいくつかあるので必見。
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