時空を超えたヒーロー、ビグルスに乾杯!

上岡雅文

「ビグルスって、誰だ?」

イギリスの国民的ヒーロー、ビグルス――ジェイムズ・ビグルスウォースは、言わば現代のインディ・ジョーンズにも匹敵する人物として、広く国民に親しまれている。監督のジョン・ハフも子供の頃からビグルスの本に慣れ親しんでいた一人であったと言う。

あまたのヒーローキャラクターのように、ビグルスもまた数々の窮地を脱しては再び冒険を繰り返す。が、ビグルスはスーパーマンでも考古学者でもなく、一空軍パイロットなのだ。これは生みの親たるW・E・ジョンズその人の経歴と深い関わりを持っている。自ら空軍パイロットを務めた第一次世界大戦、海外特派員として活躍した二次大戦、まさしく二大戦間を波瀾万丈で生き抜いてきたジョンズの体験がビグルス誕生に大いなる影響を与えたことは事実である。

1932年の「Fighting Places and Aces」に始まるジョンズの短編読み物は次第にビグルス談としてまとめられ「The Camels Are Coming」を手始めに、なんと97冊にわたって書きつがれた。その中で生まれた仲間たち、モノクルにちょび髭のバーティ、武器火薬のエキスパート、ジンジャー、そしてビグルスの知恵袋でパイプをくわえたアルジー。この三人組はもちろん映画でも活躍している。

ときをかける二人のヒーロー

そんなヒーロー、ビグルスの全く新しい冒険が今回映画化されたわけだが、長い歴史のあるヒーローということもあり、プロデューサーはちょっとしたトリックを用いた。タイムトラベルしてビグルスに出会うアメリカ青年=ジム・ファーガソンという人間を別にしつらえたのである。ビグルスと現在の観客との間にワン・クッション置いたわけで、我々にはビグルスもジムもヒーローたり得るのである。

ビグルスは確固たるヒーロー、ジムは我々をヒーローのもとへ誘ってくれる準ヒーロー、或いは予備生ということになるだろうか。タイトルバックでジョン・アンダーソン(☆YESのボーカリスト)がビシバシと歌う"Do you wanna be A Hero?"という一節からも映画の目的は明らかであろう。ビグルスのみを語るのでなく、ビグルスと共に冒険した(今もしている?)ジムになってみないか? と映画は誘うのだ。二重英雄構造!! 単にヒーローの足跡を辿るのがベストと考えがちな冒険アクションに、こういう水平思想を持ち込むあたりがいかにもイギリス映画である。そう言えば、タイムスリップの稲妻までが、どことなくイギリス的である。「ハワード・ザ・ダック」を始めとするILMの稲妻が極あたりまえの現在、「ビグルス」の稲妻は心強い。「今本当にイギリス映画と呼ばれているのはボンド映画くらいなのではないか」との現状から敢えて「ビグルス」をプッシュしてきた製作者たちの意気込みがそこにあると言えないだろうか。

冒頭、自由の女神に雷鳴と共にかぶさる「Biggles」のロゴといい、「イギリス」のヒーローを助けるのが「アメリカ」青年であるといい、アメリカ産娯楽映画全盛の時代への製作者たちの思いが、いかにもイギリス的に表れていて痛快この上ない。映画「ビグルス」は、そんな二人のヒーローが一緒に時空をかけるアクションSFなのである。

これがなんと、監督ジョン・ハフ最新作!

そういう二重ヒーロー映画「ビグルス」の監督が、あろうことかジョン・ハフである。「ヘルハウス」「ダーティーメリー・クレイジーラリー」はじめ、マーク・レスター主演のサスペンス「小さな目撃者」(71)や、「ドラキュラ血のしたたり」(72ピーター・カッシング主演)等、旺盛に撮り続けてきた監督ジョン・ハフだが、その後は多少疲れを見せ始めて「馬と呼ばれた男」の第三章「Triumphs of a Man Called Horse」(83) や、ケーブルTV用オリジナル「Black Arrow」(85)を経て、この「ビグルス」で大復活を遂げるわけである。ニューヨークの夜景、自由の女神をバックに、ポップに力強く観客を乗せてしまうタイトルバックにもそれは窺えよう。(主題歌はイエスのジョン・アンダーソンがサントラ担当のスタニスラス・シレヴィッツと共に作曲し、作詞・ボーカルも務めている本物の映画主題歌だ)監督は企画の際に「なんて異様で異常で不思議なんだ(So Unreal)」と思ったと言うが、その背景までが主題歌に反映されている。(「You're So Unreal, So Unreal」と歌われるのだ)これだけコンセプトの一致が明解な作品、そうざらにあるものではない。だから「ビグルス」は、「もっと見せて欲しい!」と観客を前に乗り出させる作品に仕上がっている。

作品がこの調子だと、どうしても俳優その他の解説がおろそかになってしまうが、ビグルス役のニール・ディクソン、アメリカ青年ジムのアレックス・ハイド=ホワイト(イギリスの性格俳優ウィルフレッドの実子である☆…などと言われても分からないが、「プリティ・ウーマン」でR.ギアに会社を乗っ取られそうになる老社長の孫を演じていた人だ)共に舞台やTVで数多く活躍している人物である。特にデビー役のフィオナ・ハッチソンはこれがデビュー作となり、ハフ監督とはもう長いお付き合いのピーター・カッシングと好対照である。(☆No Turning BackのPVにも出演しているのが彼) カッシングがこの歳('87年で74歳)でなお健在なのは嬉しい限りだが、彼がビグルスにとっての"M"であることに、どれくらいの人が気が付くだろうか。(☆"M"というのは007をサポートするメカニック担当) 気が付くと言えば、ジムの仕事仲間で食いしん坊のチャック。彼を演じたウィリアム・フットキンスは「レイダース/失われたアーク」でも好演していた、あの太っちょイートン少佐だ。

この「ビグルス」は本国でも大変な盛り上がりを示し、ペーパーバックのノヴェライゼーション(Coronet Book)やストーリーブック(Pan Book)などが発売されている。いずれも綺麗なカラースチールを盛り込んで楽しませてくれる。あなたもこの機会に読んでみてはいかがだろうか。映画で素通りしたシーンに気が付いて、またビデオをかけたくなること必定である。