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バースディプレゼント
「ねえねえねえ、何がいいと思う? 」
「俺に聞いてもしょうがないだろ」
「薄情だなぁ〜キューピーは。可愛い顔でそんな仏頂面してたら、
芥子マヨネーズになっちゃうよ。女の子に持てないよ」
夕焼けが差し込むクイーンズロックの分署内で、机にべったりと頬杖を
ついたドンチャックが恨めしそうにキューピーを見やる。それを全く無視し、
手鏡で髪のはね具合を直して今夜のデートに備えているらしい
キューピーの横で、お気に入りの武器・レッドスぺシャルの手入れを
午後中ずっと続けていたファイアーが口をはさんだ。
「ピーナッツの詰め合わせでいいんじゃないのかい。
海苔ピーに柿ピーに…最近スーパーで見たんだけど、砂糖で絡めてある
チャームピーってのもあったよ。きっと喜ぶと思うけど」
「駄目だよぉ、ファイアー。実家じゃ本場のナッツ作ってるんだし、
彼はシンプルなのが好みなんだ。それにさ、誰が誕生日にそんなもの
貰って嬉しいと思う? う〜ん、どうしたらいいんだろう」
「そんなに悩んでるんなら、欲しいものを本人に聞けばいいじゃないか」
「それじゃあ楽しみがなくなるよ。それにさ、バタピーのことだから、
『僕は何も要りませんよ。あなたのその気持だけで胸がいっぱいです』って
言うに決まってるんだ…ああ〜困ったなあ」
「はいはいはいはい、わかったわかった」
キューピーとファイアーの気の抜けたコーラのような返答は、
お悩み中のドンチャックの耳には入っていなかった。
「ドンチャック刑事、何を困ってるんですか? 僕が手伝いましょうか?」
ちょうどそこへ、バタピーが現われた。
ドンチャックは慌てて立ち上がって、「そ、それじゃ僕はこれで…」と
そそくさと帰ろうとした。
「あ、待ってくださいよ」
彼の前に回り込んだバタピーは、ポケットからキーを取り出した。
「はい、これがないと入れませんよ。誰もいないから自由に使ってください。
夜には帰りますけど、先に休んでてくれていいですからね」
家の鍵らしきものを渡すバタピーと、赤くなりながらこくんと頷いた
ドンチャックを見て、一瞬、髪をいじる手と愛器を磨く手が止まったのだが、
優しい同僚達は、お互い、沈黙を守るのが礼儀だと考えたらしい。
(…どうしたんだろう。なんだか避けられてるみたいな気がするけど…)
部屋の静けさが気になったバタピーだったが、すぐに気を取り直して
残りの仕事にかかる。
ドンチャックはぼーっとデパートのウインドウを眺めていた。
きらびやかな照明が思案中の彼の顔に反射する。
と、急にその目が輝きだした。
「これだ!」
ドンチャックが目をつけたのは、とある玩具屋に飾られた、
真っ赤なボディもまぶしい、ポルシェの模型。
地味で古びたボルボに乗っているバタピーが、時おり
物欲しそうな目で車の広告を眺めているのを彼は知っていた。
(ポルシェはね、コーナーワークが最高なんですよ…)
どう最高なのか、運転しないドンチャックには皆目分からなかったが、
ポルシェという名と流線形のボディ、それを語るバタピーの熱い表情は
しっかり頭に焼き付いている。
だが、しがない刑事の給料では、とても手が出せない車であった。
(せめて模型で喜んでもらえたら…)
かなり大きなその模型を丁寧に包装してもらう間、その場で
カードをしたためた。
鼻歌を歌いながら歩いていると、道路脇でミニカーで遊んでいる
男の子が見えた。彼の車は粗末な作りだったが、それでも嬉しそうに
声をあげて笑いながら、飽きることなくミニカーを走らせている。
その笑顔がバタピーと重なりあい、ドンチャックを幸せな気分にさせた。
その瞬間、勢い余って玩具が道路に飛び出した。慌てて後を追った
男の子の背後から、トラックが猛スピードで迫ってくる。
「あぶない!」
ドンチャックは包みを放り出すと、男の子に体当りするように身を投げ出し、
抱え込んで道端に転がった。
豪音をあげてトラックが通りすぎて行った後に、
見る影もなく潰れたミニカーが取り残された。
「大丈夫? 怪我はないかい?」
必死で問いかけるドンチャックの言葉は、男の子には聞こえていなかった。
自分のお気に入りのミニカーの残骸を蒼白な顔で見つめる彼の目から、
大粒の涙がこぼれ出した。
「僕の…くるま…」
ひたすら泣きじゃくる男の子を前にして、ドンチャックも悲しい気分になった。
「ごめん…ごめんよ…ほんとにごめん…」
彼が謝る必要などどこにもないのだが、他人が悲しんでいるといつも
身を切られるような辛さを感じるのである。
途方にくれたドンチャックが見付けた解決策は…。
「ありがとう、おじちゃん!」
迎えに来た両親と何度も礼を言いながら去って行く男の子を
彼は寂しそうな笑顔で眺めていた。手には、白百合の花を携えて。
ドンチャックは、先程買ったポルシェを、男の子に贈ったのだった。
『お礼だなんて、そんな…はあ、そうですか…じゃ、この花を一輪』
彼の両親が偶然持っていた花束の中から一本だけ遠慮がちに抜き取ると、
カードに付いていたリボンをそっと巻いた。
(いいんだ…きっとバタピーだって、こんな僕を誉めてくれるさ…)
『いいことをしましたね、ドンチャック刑事。僕はそんな貴方が大好きです。
それに、僕は百合の花も好きなんですよ…』
話を聞いたバタピーが微笑み掛けてくれる姿を想像して、
ようやくドンチャックは笑顔を浮かべた。
「おや!ドンチャックさんじゃないですか!うわあ、奇遇ですね。
ミラクルですね!」
前から歩いて来たのは、床屋のマリオだった。
「なんですか、そんな綺麗なお花を持って。…え?もしかして僕に?
いいんですか!? ああ!なんて良い日なんだ今日は!」
「あ、ちょ、ちょっとまっ…」
「良い匂いだなあ…白百合ですか。僕のイメージに合わせてくださったとか?
うふふ、やだなあ、恥ずかしいですよぉ。じゃ、また店にも来て下さいね。
たっぷりサービスしますからね」
リボンを付けた百合の花と共に、マリオは去っていった。
(ああ…)
いつしか日はとっぷり暮れていた。
ドンチャックの心にも闇が重くのしかかっている。
(プレゼントが…プレゼントが…)
気が付くと、バタピーの家の玄関まで来てしまっていた。
彼の誕生日を、二人きりで祝えるチャンスだった。
『バスルームが壊れちゃって、部屋が水浸しなんだ』
『それなら、うちに来たらどうです? 妻や子供たちは里帰りしているので、
なんのお構いもできませんけど』
誰もいない家で、心を込めたプレゼントを渡して、それから…
まさに、願ってもないシチュエーション。
(それなのに、一番大事なプレゼントがないなんて…)
ふらふらと入ったところは、バタピーの寝室。小奇麗なその部屋を見ているうちに
急に涙が込み上げて来たドンチャックは、そのままがばっとベッドに倒れ込んだ。
仕事を終えたバタピーが戻ったのは、真夜中になろうかという時間だった。
(もう寝ているだろうな、あの人は)
忍び足で客間を覗いてみると、用意してあったベッドは空だった。
「?」
耳を澄ますと、寝室からかすかな音楽が聞こえて来た。
(まさか…僕らのベッドで寝ちゃったのかな)
バタピーのベッドは、横になると自動的に音楽が流れる仕組みになっていた。
DIYは彼の趣味である。
カーテンが引かれていない寝室は、月の光に優しく照らされている。
ドンチャックは着の身着のまま、泣き疲れた子供みたいな顔で丸くなって眠っていた。
彼の手から零れ落ちそうになっているカードを、バタピーはそっと受け取る。
シンプルなそのカードには、ドンチャックの字で、こう書かれていた。
…「ハッピー・バースデー! これが僕の気持ちだよ」…
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