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走れエロス

Written by こんつさん (イラスト:砂丘。さん)

あるところに、エロスという名の青年がおりました。
エロスはその名の通り露出狂で妖姿媚態ではありましたが、一本気で正義感の強い、
心優しい青年でありました。

ある日、エロスはメドウズという町へやって来ました。
とても賑やかで華やかな町だと聞いていたのですが、どうにも活気が感じられません。
不思議に思ったエロスは通りすがりの人に尋ねました。

「なぜこの町はこんなに沈んでいるんだい?もっとFun itでRock itな町だと思っていたのだけど」
「…実は、今の王が即位されてまだ一週間しか経っていないのですが、その間王のなさった事といえば、 肝心の即位の儀を二日酔いですっぽかすは、昼夜を問わず国中を車で暴走して事故を続発されるは、 国家予算を無視して派手な豪遊をされるはで、やりたい放題なのです。
おまけに二日ほど前には“国中の若い女性を全て側室に迎える”などと仰られて、
若い男達はこんな国からの自由への旅立ちを本気で考えております。
このままでは重要な担い手を失い、国は破綻です。
たった七日の間にこんな事が起ころうとは、我々国民は考えてもおりませんでした」

「Oh dear、何てことだ!そんな身勝手で呆れた王は生かしてはおけない!!
それに、パラダイスは男によって作られるというのに!!!」
国人の嘆きに同情したエロスは前歯を軋ませながら王への怒りをあらわにしました。
そして白鷺のような服を翻し、王宮へと走り出しました。
「お前達の王を引き渡せ!この手でひねり潰してやる!!」

王は庭園で美女に囲まれながらウォッカを浴びるように飲んでいました。
金髪碧眼で容姿端麗なうら若き王でしたが、何が面白くないのかその眉間には深い皺が刻まれています。

「せっかく楽しくやってるところを邪魔しやがって。よそ者が俺に何の用だ?」
「ああ王よ、君は事の善悪などお構いなしだ。この町はもう死んでるよ?
この町に住んでいる人は気が滅入っちゃってるよ?この町に来るのは破滅を迎えるようなものさ。
だから僕は君のような王は許さない。正義の刃をもって始末してやる!!」
「…いきなり来てタメ口でわけ分かんねえ結論に至ってんじゃねーよ!!
そもそもお前に何の関係があるってんだよ。俺は王なんだから何しようと勝手だろ!
この左手で国を統治し、右手で国を支配する。この権力に逆らえる奴は誰一人としていねーんだよ。
分かったんならとっとと帰んな。これ以上ガタガタ言うと死刑にするぞ!!」
「何さ、そんな事言ってこの僕が怖がるとでも思ってんの?やれるもんならやってみなよ。
そもそもアンタ、国は悪い方向に支配してるけどマトモに統治できてないじゃん。
そんな役立たずの左手、黒いマニキュアでも塗って出直して来たら?」

アンタ呼ばわりされた上に妙な美的アドバイスまでされ、王の怒りは頂点に達しました。

「てめえさっきから下手に出てりゃ好き放題言いやがって!そんなマニキュア誰が塗るかこの出っ歯!!」
「よ、よくも僕のこの完璧な美貌を貶したな!もう絶対許さない!お前なんか王の器じゃない!!
お前はKill joy,Bad guy,Big talking,Small fly!!キーッ!!!」
「やかましい、何が完璧な美貌だ!美貌っつーのはこの俺の事を言うんだよ!!!
何だおめーなんか変な服着やがって、白鷺のコスプレか!?アホ!!!」
「うっさい、そっちこそヒョウ柄のトップスとトラ柄のボトムスの組み合わせだなんて、
それが一国の王様のする格好!?へーんなの!!!」
「おめーに変なんて言われたくねーよ!このジャラジャラアクセサリー野郎!!」
「僕のセンスにケチをつけるな、このアゴ割れ!!」
「んだとコラァ!!?」

エロス&王

もともと自分の容姿には絶大な自信を持っている二人です。そして短気な二人です。
彼らの論争は国がどうのこうのよりもただの私怨へと変わっていきました。
また二人ともよく通る大声で喚き散らすので、
多くの国民が一体何事かと王宮の門越しに様子を眺めにやって来ます。
王の家臣達も集まってはいましたが、この争いを止める勇気のある者は誰もおりません。
王とエロスの間には罵声が飛び交い、物が飛び交い、ついには拳が飛び交いました。
まさに“Fight from inside”でありました。

長く不毛な争いにうんざりしたのは王が先でした。
「No more of that jazz!!もうやってらんねーよこんな事!!
大体何で王である俺がこんな一般市民とガチで勝負しなきゃなんねーんだよ!?
さっさと死刑にすりゃいいんじゃねーか!おい衛兵、こいつを捕まえろ!!速攻死刑だ!!!」

ブチ切れた王は金切り声を上げながら家臣に命令しました。
王の言葉は脅しでなく本気だ、エロスは瞬時に悟り息を呑みましたが、
みっともなく命乞いをしようとは少しも思いませんでした。
やれるものならやってみろと言ったのは自分です。
また自らの命をもって王に過ちを認めさせ、哀れな国民を救えるのなら
僕はここで露と消えても構わない…そうも思いました。
彼は一風変わった人間ではありますが、責任感のあるジェントルマンなのです。

ただ一つだけ、どうしても王に許しを乞いたい事がありました。
エロスは神妙な面持ちで言いました。
「OK王よ、僕は甘んじて刑を受けよう。
でももし君に情けというものがあるのなら、どうかこの願いを聞き入れてほしい。
僕には故郷にジョンという名の親友がいて、彼は二日後に結婚式を控えている。
どうしても出席してあげたい。必ずここに戻ってくるから、三日間だけ猶予を与えてくれないだろうか?」
「三日間の猶予だと?ふん、解放した死刑囚が刑を受けに戻って来るワケねーだろ!!
そんな事信じられるか、このLiar!!」
「僕は嘘はつかない!!!どうしても信じてもらえないなら身代わりの人質を置いて行く。
もし僕が約束を破って帰って来なかったら、代わりにそいつを殺せばいい」

エロスの眼差しは真剣でした。
その眼力たるや王がたじろぐほどでしたが、王はドスのきいたハスキーボイスで言い返しました。
「面白い事を言いやがる。じゃあ、その奇特な人質やらを今すぐ差し出してみろ」
「分かった。ちょっと待ってよ、えーっと…」
エロスは辺りを見回しました。
ここまで言っておきながら実は彼にはこの国に知り合いなど一人もいなかったのです。
程なくして濃いメイクを施した彼の目に、先程の騒ぎを聞きつけて集まった群衆の中でも
とりわけ背の高いカーリーヘアーの痩せた青年の姿が留まりました。
「あ、あいつ!あいつ人質にして!キマリ!!」

エロス&カーリー

不幸にも指名されてしまったカーリーヘアーの青年はそんな裏取引きが行われているとは露知らず、 口を半開きにして突っ立っていたので逃げる間も無く即座に捕らえられてしまいました。
彼がそのあまりにも悲惨で理不尽な己の身の上を理解できたのは、すでに牢に放り込まれた後でした。

「ああ女神よ、この絶望の声を聞き給え。もう手遅れだというのか。
私はここでずっと待たねばならないのだろうか。今は涙さえ渇いてしまった。なんと悲しい結末だろう。 そして、なんと悲しい始まりだろう…」

カーリーヘアーの青年はか細い声で力なく、しかしながら延々と嘆きの詞をつぶやいておりました。
「まあまあ、そんな暗い事言わないで僕を信用してよ。なんたって僕は“超音速男”って呼ばれてるんだから。 十里離れた故郷・Rhyeの町まで、半日あれば充分さ♪」
「十里!?Such a long long away…、三日かけたって辿り着きそうもない。
ああ、なんてうつろな人生だ。歩道で眠る人生のほうがよっぽどましだ。ブツブツ…」
「…確かに君なら十日はかかりそうだね。とにかく、僕はもう出発するよ。
大丈夫!絶対戻って来るから!天体観測でもしながら待っててよ。じゃあね!!」

二人の様子をだるそうに眺めていた王は挑発するように言いつのりました。
「エロスめ、どうせ四日目に戻って来る気だろう。
そうなれば死刑になるのはこのモジャ頭、そしてお前は小心者の裏切り者だ。
せいぜい親友とやらの結婚式を楽しんで来るんだな。
まぁ俺は結婚制度には反対で、結婚なんか信じちゃいねーけど」

言い返したい気持ちは山々でしたが、エロスは口答えせず一瞥のみすると
黙って満天の星空の下を走り始めました。


「♪Leave on time,leave on time,
Gotta KEEP YOURSELF ALIVE but you leave on time♪」

死刑囚とは思えないほどの上機嫌ぶりで、高らかに歌いながらエロスは走りました。
彼の頭の中は故郷の事でいっぱいでした。
“大親友のジョン、結婚式を間近に控えてさぞかし嬉しいだろう。
きっと人生で最も幸せな時に違いない。
僕の最後の思い出が幸福の絶頂にいる彼の姿であるのならこんなに有り難い事はない。
待っていておくれジョン。僕は全速力で君の元へ駆けつけるから”

そんな想いを抱きながら、制御不能の衛星のようにノンストップで駆けて行きました。


翌朝、彼は早々と故郷・Rhyeの町に到着しました。
その頭には途中の古着屋で購入した派手な羽根飾りがついた帽子が被せてあります。

「ハロー Beautiful people、着々と結婚式の仕度は進んでいるみたいだね。
おや?ジョン、明日の主役が一緒に設営準備かい?君は本当に感心だね!
僕も手伝いたいけど徹夜で突っ走って来たからちょっとひと眠りしてくるよHAHAHA!!」
その異様なハイテンションと風貌に皆は面食らいましたが、
考えてみればいつもの事だと特に気にする様子もありませんでした。
エロスは自宅のベッドにもぐりこみ、英気を養うべく爆睡しました。
明日は僕の一世一代の、そして最後で最高のショウをご覧に入れて見せましょう、と。

あくる日、ジョンの小規模ながらアットホームな結婚式は滞りなく執り行われました。
町じゅうの人に祝福され、彼の顔から笑みが消えることはありませんでした。
エロスはそんなジョンの様子を終始目を細めながら見つめていました。

式が終わり、夕刻からは町を挙げての祝賀パーティーです。
待ってましたとばかりにエロスが堅苦しい服を脱ぎ捨てて、
いかにもおめでたい色合いの紅白ダイヤ柄タイツをお披露目すると、
会場からは割れんばかりの歓声が上がりました。
皆が皆、天才エンターテイナーである彼の神懸り的な歌声とパフォーマンスに胸躍らせておりました。

歌うエロス

その期待に応えるべく彼は渾身の力を込めて歌い、部屋中を所狭しと踊り回り、人々を大いに沸かせます。
目まぐるしい衣装チェンジやその名に恥じないセクシーなストリップもあり、
まさにエロスの天才芸の集大成といえるものでした。
右にパーティー、左にパーティー。
ランタンの光が揺らめき、どこもかしこも音楽と愛に満ち溢れ、至る所から笑い声が聞こえます。
時折エロスが歌の最中にトランス状態に陥って奇行に走り、
アンプを倒しマイクスタンドで叩いて破壊しようとも、それに眉を顰めたり咎めたりする人はいませんでした。
夜になり、外には雨が降り始めても会場の熱気は一向に冷めません。
エロスはこの時間が永遠に続けばいい、と願いました。
さらに深夜を回り、肝心のジョンが酔いつぶれてテーブルクロスの下にもぐって眠ってしまっても、
祝宴は終わりませんでした。

“もし誰も見る人がいなくなっても、僕は歌う事をやめない。
これは僕の人生最後を飾るパフォーマンスなんだから。
これは僕からジョンへの贈り物でもあり、同時に僕自身へのはなむけでもあるんだ”
エロスはそう誓い、モエ・エ・シャンドンのボトルを次々空けながら歌い続けました。


昨夜から続く雨のため、暗い夜明けが訪れました。起きているのは最早エロスだけです。
全ての人が寝静まった部屋の中で、彼は不意に得も言えぬ孤独を感じました。

「もう夜明けか…。そろそろ行かなくっちゃ。
それにしても家を出るってのは簡単な事じゃないな。たくさんの思い出が僕を呼び返そうとしている。 でも、これは僕が自分で決めた事…。信じて待っている人質がいるんだ。
潔く刑を受けて、王の目に物見せてやる」
ひとり呟きながら立ち上がり、幸せそうな夢を見て眠っている人々の間を縫って
エロスはゆっくりとドアへ向かって歩き出しました。
隅っこのテーブルのクロスの下からジョンの足が覗いて見えます。
いつもなら大笑いしてしまう光景ですが、今日ばかりは零れてくるのは涙だけでした。

涙のエロス

“僕とした事が何たる女々しさだ、Don't look back、もう振り返るな!!”
エロスは自分に言い聞かせ、ドアを開け未練を振り切るようにダッシュで駆け出しました。

『Good bye everybody -I've got to go-
 Gotta leave you all behind and face the truth.
 …And dear friend JOHN,
 If I'm not back again this time tomorrow‐
 Carry on,carry on,As if nothing really matters…』

テーブルの上では、こう書き残した手紙がエロスの閉めたドアの風圧によってひっそりと
静かに舞い上がっておりました。


降りしきる雨の中をエロスは走りました。
出だしこそ順調でしたが、雨水でぬかるんだ道に足を取られ、
更には雷鳴と稲妻が幾度となく彼を恐怖に陥れ、速度は次第に落ちていきました。

「…ゼーハー、疲れた…。昨夜の無茶が祟ったのかな…。
それにしてもいくら人生に雨はつきものとは言え、なにも今日この時に降らなくったっていいだろうに…。 ああ、できることなら翼を広げて飛んで行きたい。それが無理なら自転車に乗りたいな、僕の自転車…。 いや、この際三輪車でもいい…」
弱音を吐きながらも、エロスは宣誓を果たすため前歯を食いしばり走り続けました。
やがて昼になり雨は止んだものの、今度は太陽の光が灼熱の炎となり彼を苦しめます。
最後の峠を越えたところで、とうとうエロスの足は止まってしまいました。

「もうダメだ、体中が苦痛に責め立てられる。これ以上一歩も走れないよ…」
よろよろと木陰に倒れ込み、ぼんやりと天を仰ぎます。
「…大体、なぜ僕はこんなにしてまで走っているんだ?
間違った王の考えを正すため?強引に人質にしたカーリーヘアーとの約束を守るため?
もうどうでもいいよそんな事は。
縁もゆかりもない国のために命を捨てるなんてどうかしてた。
あの国が、国民がどうなろうと知った事か。僕は聖人君子じゃない。Liarと呼ばれたって構うもんか。 …そうさ僕はMr. Bad Guy、他人の生命を壊すことだって出来るんだ。
正義なんて曖昧なものさ。長いものには巻かれろ。そのほうが気分がいいんだから」

身も心も疲弊しきったエロスの脳裏には、今朝永遠の別れを告げて来た故郷の風景が広がっていました。

「このまま故郷に戻り、Mr. Mercuryとでも改名して何事も無かったかのように過ごそう。
時間とお金をうまく利用すれば僕はきっと生き延びられるさ。
すまないカーリー、君には本当に悪い事をしたと思っている。でも僕は精一杯やったんだ。
これ以上僕に何が出来る?後は全て神々の手に委ねよう。神々の思し召しのまま…。
Leave it in the lap of the Gods……」

全てを諦めたエロスは、歌うように呟きながら深い眠りについてしまいました。


“Don't let it get you down!”
“Don't you ever give it!”

どれ位の時間が経った頃でしょうか。
眠りこけるエロスの耳に、どこからともなく謎めいたアヒル声が聞こえました。
驚いて飛び起き周囲を見回しましたが、そこには人間どころか一羽のアヒルも見当たりません。
エロスは暫し呆然としていましたが、やがて正気を取り戻しました。

「…一体僕は何をしていた!?なんて恐ろしい事を考えていたんだ!!
なんと愚かしく恥ずべき考えだ。ああ神よ、僕はもう少しであなたを欺くところだった。
これはもう王と人質だけの問題じゃない、自分自身との戦いだ!!全人類に見守られた挑戦なんだ!!!
僕は戦い続けなければならない。理性を失うな、心を失うな、努力を続けろ、堂々と道を進め!
最後の時まで!!!HANG ON IN THERE!!!!!」

しっかりと立ち上がり、自らを奮い立たせました。その瞳には生気が宿っていました。

「二度と弱音なんて吐くものか。あれは悪魔の囁きだ。もうその手は食わない。僕はもう騙されはしない!!
Beelzebub has a devil put aside for me,for me,for meeeeeeeeeeeeeeeeee!!!!!!」
獣の咆哮の如く叫ぶとエロスは再び走り始めました。
その姿はまるで夜空を駆け抜ける流れ星、重力に逆らう虎、
Lady Godivaのように通り過ぎるレーシング・カーのようでした。

エロス・早変わり

太陽は傾き始め、期限は刻々と迫っています。
一分の余裕もありません。
人々の視線を尻目に急げや急げ。
国民を苦しめる王の悪行を終わらせるために。
哀れな人質との約束を守るために。
大切な故郷のために。
そして己の信念と正義を貫いた、名誉ある死のために。
走れ!エロス!!


「何!?エロスが戻って来ただと!?」

珍しくしらふの状態で読書に耽っていた王は、侍従からの報告を受け急いで城門に駆けつけました。 そして、開かれた城門と夕日を背に仁王立ちする男の姿を見つけました。

「Now I'm here!王よ、僕だ!エロスだ!!約束通り戻って来たぞ!!」
エロスは力強く叫びました。しかし、王はなかなか信じることが出来ませんでした。
なぜなら、エロスの姿は三日前と比べてまるで別人のようだったからです。
彼は白鷺ドレスとは対照的な黒タンクトップにジーンズを着用し、長い髪をバッサリと切り落とし、
ダンディな口髭を生やし、男らしさ満点のマッチョマンへと変貌しておりました。

驚くロジャー

「だ、誰だよお前は!!!?」
「だからエロスだってさっきから言ってんじゃん。大丈夫?視力落ちたんじゃないの?
…てゆーか、もう夕方なんだからサングラス外しなよ。
あ、それとも僕があまりに男らしくセクシーにイメチェンしたから分からなかったとか?」
「…なんで自慢気なんだよ!たった三日で変わりすぎなんだよ!!」
「そっちだって三日しか経ってないのに随分太ったんじゃない?何その贅肉」
「相変わらず減らず口ばっか叩きやがる…。ま、でも殺されるのが分かっててよく戻って来たな。
それだけは褒めてやらぁ」
「ふん、必ず戻るって言っただろ。Are you happy?Are you satisfied?
さっさと絞首刑にでも火あぶりにでもしたらどうだ。僕にはもう恐れるものも思い残す事も無い。
故郷で神々の祝福を受け、最愛のジョンと結婚してきたんだから。
ジョンの永遠の伴侶として死ねるなら僕は最高に幸せだ!!さあ殺せ!!!この僕を殺してみろ!!!」

「…え゛……?」

鬼気迫るエロスの発言の一部に王は言葉を失い、しばらくのち叫びました。

「結婚って…、お前がしたのかよ!!!しかも相手“ジョン”って!!!??」
「あれ?言わなかったっけ?僕とジョンの結婚式だったんだよ? 写真あるけど見る?
こう言っちゃあ悪いけど、君が侍らせてる女の子達なんかより百億倍は可愛いよ?」
エロスは写真を取り出し、理解し難い事実に眉間の皺を深く寄せる王に手渡しました。
写真には首に大きな蝶ネクタイを巻き、胸元に薔薇のコサージュを付け、
はにかんだ微笑みを浮かべた髪の長い青年が写っています。

ともすれば女性のようにも見える容姿でしたが、やはり男でした。

「どうだい?メチャクチャ可愛いだろう。その写真はね、ずっと胸元にしまっておいたんだ。
息を引き取る直前も、その後だって、僕の心は永遠にジョンと共にあるようにってね。
…ああ、それにしても困ったものだ。写真を見ていたら封印したはずの想いがとめどなくあふれてきた。 ジョン、愛しいジョン。世界一可愛い僕のジョン。
あの物腰、あの佇まい、あの髪、あの目、あの鼻、あのへにょ口、あのアヒル声。
…ん?アヒル声??…そうか、そうだったのか!あの時、打ちひしがれた僕に力を与えてくれたのはジョンだったんだ!!
僕が今ここにいられるのはジョンのおかげなんだ!!
ああジョン、ありがとう!!たとえどんなに離れていようと、僕達は心の絆で繋がっているんだ!!!
ジョン、心から愛しているよ!!!ジョン!!!!!ジョ――――――――ン!!!!!!!!」

すっかり自分の世界に浸りきり暑苦しいほどの情熱で絶叫するエロスに、
王はただただ呆気に取られるばかりでした。
一体どこから突っ込むべきかと王が思索していると、
彼の目に砂塵を巻き上げながら何かが猛スピードで突進して来るのが見えました。
どんどん近づいて来たその物体は、妙なアヒル声で叫びました。

「Great King Roger、僕とエロスの恋の行方を邪魔するなら君も地獄へ道連れだ!!!!」

声の主は白いポルシェに乗ったジョンでした。

「ジョン!!!!」
その正体にいち早く気付いたエロスが驚愕と歓喜の入り混じった声を上げます。
王も驚きじっと目を凝らしましたが、写真の青年と同一人物とは到底思えませんでした。
そこにいるのはヨレヨレのTシャツと短パンに身を包んだアフロ男だったからです。

「な、何なんだよあのアフロは!!!お前らの故郷は異次元空間か!!?」
「ジョ―――――ンっ!!!」
「エロス―――――っ!!!」
王のツッコミを無視し、エロスは涙を流しながら両手を広げてジョン目掛けて駆け出しました。
ポルシェから降りたジョンも、同じようにエロスに向かってまっしぐらに走って行きます。

マッチョとアフロの二人は、ひしと熱い抱擁を交わしました。

暑苦しいふたり

「ああジョン、My good old fashioned lover boy、なぜ君がここに?
信じられない、マタアエテウレシイデス!これは現実か?それとも僕は幻を見ているのだろうか!?」
「目を開けてしっかり見ておくれ。僕だよ、ジョンだよ!髪型は変えちゃったけどね」
「Oh fantastic、実にワンダフルでファンキーなアフロだ。最高に似合ってるよ!!
まあ、そう言う僕もガラッと素敵にイメージ一新してみたんだけどね♪
だけどジョン、どうして僕の居場所が分かったんだい?手紙には何も書いていかなかったのに」
「…うん、あの手紙を何度も読み返しているうちに、君の言いたい事は言葉の間から充分伝わってきたよ。
でも、僕はすごく傷ついたんだ…。このままじゃ納得できない、
僕の心を奪っておいて僕を置き去りにするなんてひどすぎる…ってね。
だから、何としてももう一度君に会わなくちゃと思って車を買って探し回ったんだ」

ジョンの一途な想いと、倹約家の彼が珍しく高級車を買った理由が自分を探すためだという事実に胸を打たれ、 エロスは感動とジョンへの狂おしいほどの愛情で張り裂けそうになりました。

「ごめんよジョン、僕を許しておくれ!!君を泣かせるつもりじゃなかった!
でも僕は死刑を宣告された身…、何も言わずに出て行くのが一番いいと思ったんだ」
「嫌だよエロス、そんな事言わないで!どこへ行こうと僕は必ず君を見つけ出してみせるよ!
この世の果てまでだって僕はついていく。だから行かないで!僕をここに一人残して行かないで!!
もし君がいなくなったら、新婚旅行の夜にパジャマ代わりに着ようと思って買っておいた
お揃いのアロハシャツはどうすればいいんだい!?」
「そうだ、そうだったねジョン、あのテロテロアロハはシンジュクで買ったんだ。
あれを着て僕らのLong hot summer nightsを忘れられないものにしようと誓ったんだ。
ああ、思い出したら体が火照ってきた…」

目の前で繰り広げられる濃厚な愛の劇場に、
存在を完全に無視された王は呆れを通り越して恐怖すら感じておりました。
しかし王の周りにいる若く美しいSweet Lady達は、
化粧が落ちるのも構わず滝のような涙を流しながら口々に王に向かって叫びます。

「王、お願いです!彼を無罪にしてあげてください!!」
「あんなに純粋で美しい愛は見た事がありませんわ!ロジャー様、どうか彼に恩赦を」
「わたくしからもお願い致します!彼らの高尚な愛を暴力で打ち砕くのはおやめくださいまし!!」
「心の底からお互いを思いやり愛し合う彼らの姿…。あたくしこんなに感動したのは生まれて初めてでしてよ!!
王、貴方はこれを見て何も感じられないのですか?人の心というものは無いのですか?
人喰い鬼も同然ですわよ!?あたくし、もうそんな王とは一緒にいられません!里に帰らせていただきます!!」

エロスとジョンへの同情の声はやがて群衆の間からも沸き起こりました。
とは言え、そのほとんどは女性の中からでしたが。
王は完全にエロスとジョンを持て余しておりました。
女性達は感動の涙に泣き崩れながらも王は非情だと怒り狂い、
頼りになるはずの家臣達はマッチョとアフロという強烈なカップルのラブシーンに見て見ぬふりをしています。
とんでもない奴らと関わってしまったと後悔し、この騒ぎをどう収拾したものかと頭を抱えました。

「勘弁してくれよ…」
王がハスキーな溜息をつくと、本当に勘弁してほしい光景が目の前に広がりました。

「ジョン、Love of my life。君は最高だ。君を愛したい。今夜は君の愛が欲しい。Get down,make Love!」
「今夜はだめだよエロス、明日にしよう」
「いや、愛し合いたいと思うなら場所など気にせずにやるべきだ。愛とはそんなもの…」
「…Misfireで終わっちゃイヤだよ…?」

なんと、エロスが悩ましげにジョンを押し倒したのです。
王は甲高い奇声を上げ、すぐさま二人を引き離しに行きました。

「ワ――ッ、バカ、やめろ、離れろアホ!!何考えてんだおめーらは!?ボケッ!!!」
王の馬鹿力によって無事おぞましい事態への発展は回避できましたが、
なぜか女性達からは非難の声が上がりました。
無理矢理引き離されたエロスとジョンは恨みを込めて王をぎろりと睨み付けます。
睨みの集中砲火を浴び、これ以上この二人に関わりたくないと王は心から思いました。

「…怖えよ!!二人揃って睨むんじゃねえ!!
分かった、死刑はナシだ!!!エロスは無罪放免!!!一生アフロとイチャついてろ!!!
その代わり、二度とこの国に来るんじゃねぇぞ!いいな!!!」

その言葉に二人は顔を見合わせ、再び激しく抱き合いました。
王は椅子にふんぞり返り、信じられないモノを見るような目で眺めていました。

「ジョン、君のおかげだよ!僕は自由の身だ!故郷に帰って、また君と愛ある日々を送れるんだ!! こんな事が僕の身に起きたなんてとても信じられない!!!」
「僕も嬉しいよエロス!!実を言うと、もし君が既に処刑されてしまっていたら、
王を殺して僕も死のうと思って家でダイナマイトとレーザービームを作って持って来たんだ。
だけどそれも必要なくなっちゃったね。あれは分解して何か別の家電製品を作ろう」
「ああダーリン、そんなに僕の事を想ってくれてたんだね…。
ところで、まだ一つだけ心配な事があるんだ。僕はこうして無罪になったけど、
あの王の事だから今後も乱れた生活をして国民を苦しめるんじゃないだろうか。
それについてはまだ何も解決してないからね」
「その事だったら僕に考えがあるんだ。試してみてもいいかな?」

ジョンは王に“僕のポルシェをあげるから、交換条件として三つの約束を守って欲しい”と持ち掛けました。 その条件とは、
“車の暴走は専用レーシングコースのみで行う”
“豪遊は国家予算を逼迫しない程度に抑え、経済面のリーダーを設けて管理する”
“側室は特にお気に入りの女性六人まで”
の三つでした。

最初は反発したものの、夢のようなピカピカマシーンのポルシェの誘惑に勝てず王は渋々条件を飲みました。
彼は大の車好きだったのです。
王の署名入りの契約書と、念のために取ったコピーをジョンはしっかりと短パンのポケットにしまいます。
エロスは彼を褒め称えて言いました。

「あの王にあっさり条件を飲ませちゃうなんて君はスゴイよ!
僕なんて『署名しなかったらお前の背骨をへし折ってやる!』って言おうかと思ってたんだ。
でも、ポルシェはちょっともったいなかったんじゃない?」
「いや、いいんだ。あの車、なんだか早いうちに手放さなきゃならないような気がしてたから。
僕はもっと庶民的な車がいいな。それからあの王様、きっと根は悪い人じゃないと思うよ」
「…うーん、三日の間に人間が丸くなったのかなあ?」
「体型も丸くなったからね♪」
アフロを揺らしながらジョンが笑います。彼の毒舌は話題が王様でもお構いなしでした。
全てを円満解決させたエロスとジョンは仲良く腕を組み、
これから始まる超ラブラブ新婚生活の話に花を咲かせながら王宮を後にしました。
と、その時です。騒々しい足音を立てて王が彼らを追いかけて来ました。

「おーいそこの二人、ちょっと待て!すっかり忘れてた!!人質!!人質!!!」
「「あ」」


エロスとジョン、そして王の三人は、哀れなカーリーヘアーの人質を解放すべく揃って
牢へと足を運びました。牢からはボソボソと歌声らしきものが聞こえてきます。

「…全ての道は墓場に通じている…今僕にとって世界は灰色、再び闇が訪れる…。
全てが死んだも同然、なのになぜ僕はまだ生きているのだろうか…誰か僕を救って…。
It's late…All dead…Save me……」

「「「暗っ!!!」」」

カーリーヘアーの青年は牢にあった廃材でお手製の弦楽器を作り、
それを爪弾きながら空虚な眼で歌っておりました。
その表情が危険なほど呆けていたので王は慌てて牢の鍵を開け、人質を解放しました。

「僕の人生はまだまだ続いて行く!どうか僕を哀れんでおくれ!!」

か細い声で精一杯叫ぶと、カーリーヘアーの青年は誰も聞いていないのに
夜空に向かい解放された喜びを語り始めました。
エロスは事の経緯を今回最大の被害者である彼に伝えるべきだと思っていましたが、
青年の独り言の異様な長さと取り留めの無さに辟易し、何も言わずに放っておきました。
王も同意見だったのですが、それでは巻き込まれた青年があまりに可哀想だというので
ジョンはレーザービームを分解して作った小型音声電流増幅器をプレゼントしました。
カーリーヘアーの青年はとても喜び、興味津々で手に取りました。

「なんだかよく分からないけど不思議な音が出るよ!どうもありがとう!
ところで君、見ない顔だけど名前は?」
「僕はジョンって言います。君は?」
「僕はブライアン。よろしく。ああ、やっと名前が出たよ。
…あれ?そう言えば僕はなんで閉じ込められていたんだっけ…?」
カーリーヘアーの青年ことブライアンは再度思案に耽り始めます。
その隙に、エロスはジョンの腕を掴んで颯爽と逃げるように駆け出しました。

「じゃ、そういう事で僕とジョンはこれにて失礼!!
もう会うことも無いと思うけど、貴重な経験をさせてもらったよ!
ドーモアリガトウ、サヨナラ!!Farewell!!」
「オイ待てよ!俺一人に押し付ける気か!?冗談じゃねえ、待てっつーの!!」
「ふーんだ、僕知らないもんね。
見てろよGreat King Roger、君の命令通り僕は一生ジョンとイチャついてやるから。
僕が律義者だって事、君が一番よく分かっただろう?」


煌めく星空の下をマッチョなエロスとアフロなジョンが笑いながら走ります。

「ねえジョン、このままハネムーンに行こうか。明日は火曜日だ!」
「ルーブルに行ってトウキョウに行ってバリ島に行って…日曜日はゆっくり過ごそうね♪」
「OKダーリン、僕に任せてよ!!」

手を取り合いながら、幸せな二人は喜びへの道をどこまでも走り続けて行きました。

                               
                                              おしまい。

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