Friends Will Be Friends
Written by ここさん
今日は文化祭前の最後の休日だ。
今から学校で作業をする連中も多いだろうと思う。
だというのに、俺は学校の校門の前なんかで、一人の友人を待っている。
残念ながら、何人かいるうちのガールフレンドではない。もちろん誘いはあったが、今回ばかりは彼の深刻そうな頼みを断りきれなかった。だいたい、これまでそういうことを言ってくることなんてなかった奴なのだ。いくら俺だって気になるじゃないか。
前の日までに降っていた雨のせいで、アスファルトの路面が濡れているから、朝日が反射している。ここ数日でだいぶ冷え込んで、そこらの街路樹の色彩が一気に変わり始めていた。
と、その向こうに、待ち人が登場。俺は小さい秋を見つけるのをやめた。
「おせーよ!」
「ごめんごめん」
にこにこしながらやってきたジョンをちょっとこづいてから、俺たちは歩き始めた。
二人で出かけるなんてことは、これまでまずなかった。
理由は三つ。
第一に、ジョンが春からの転校生で、付き合いが浅いということ。
第二に、俺とジョンはクラスが違うということ。
第三に、俺とジョンは部活も違うということ。
要するに、一緒にいる時間というのが、これまで圧倒的に少ないということだ。
けど、他の連中も一緒になってつるむことはこれまで何度もあった。
理由は三つ。
第一に、ジョンはフレディと寮の部屋が一緒だということ。
第二に、ジョンはブライアンとクラスが一緒だということ。
第三に、フレディとブライアンと俺が友人だということ。
要するに、知り合ってからはけっこう一緒にいるということだ。
どうして親しくなったのか、きっかけははっきりしない。あまり考えたことも無い。フレディがずっとジョンのことを「お気に入り」だからか? ありうる。でも、ジョンを「お気に入り」にしているのはフレディだけではないことを俺は知っている。
「お前んとこのクラス、文化祭の準備はどうなってる?」
「うちはもう演技次第だね。大道具や小道具なんかは終わりだから、僕の出番はあと本番の照明や音楽だけ。ブライアンが今は学校で練習に励んでるはずだ」
「照明に音楽ねぇ。まさに裏方の仕事って感じだな」
ぴったりだけど、もっと働けと俺は笑った。
「ロジャーのクラスはどうなの?」
「団子屋だからなぁ……。女子を中心に話し合いだのをやってるはずだぜ。俺は今のところ暇人。茶道部の方もほとんど関わってないし」
言うと大体驚かれるのだが、俺は茶道部所属だ。ただしユーレイ。1年のときに先輩の誘いを断りきれなかったというのが真実。その先輩がすごい美人だったということまでは、さて、誰が知っているやら。
「いっそのところ、一緒にやっちゃえばいいのに。抹茶と一緒にお団子食べられたらお徳だなぁ」
くすくす笑うジョンを、俺は軽くこづいた。
こうやって適当にぶらつきながら、適当に話すっていうのも悪くない。でも、いつまでも適当に済ませるわけにはいかなかった。話があると呼び出したのは、何か理由があるはずだろうに。
しかたなく、俺から切り出すことにした。
「話ってなんだ?」
ジョンはしばらく口の中だけでもごもごとしゃべって答えなかった。やがて意を決したように強い視線をぶつけてきた。
「君、フレディのこと、どう思う?」
……凍結。
これを聞いたときの俺の衝撃を、誰が想像できる?
数秒黙りこくったその間、過去最高レベルで脳みそが高速フル回転をしていた。どうすべきだ、どう答えるべきなんだ、俺!
「お前はどう思ってるんだ」
選んだのは、結局「逃避」だった。
「そうだな僕は…」
ジョンが考え込んでいる間、俺はどんな答えが出てきてもいいように、頭の身辺整理をお行っていた。だからといって、心までは行き届かなかったのだけれど。
「僕ね、最近のフレディ、ちょっとおかしいと思ってるんだ」
「……で?」
「だからね、なんだか元気が無いって言うか。あんまりちゃんと話せてないんだよ」
「……それだけか?」
ジョンは半分呆けたような顔で、こくんとうなずいた。
…まぁそうか。そうだよな。そりゃそうだ。ていうか、なんでこんなに動揺してるんだ、俺。サングラスをかけていて本当によかった。
「ロジャーはどう思う?」
よし、気持ちを切り替えよう。
「言われてみれば、たしかに元気が無いようにも見えたっけな。でもそれほど変には見えなかったぜ?」
「ほんと?」
「嘘ついてどうする。昨日も放課後に会ったけど、理科室のカーテンを肩にかけて歌やら動きやらの練習をしてたよ。それ見てる限りじゃあ、文化祭前としては普通だったと思うけど。まぁノってはいなかったな」
「理科室のカーテン……?」
ジョンはくっきりした眉を寄せて考えている。
「知らねえの?あいつ、今年はビールゼバブーって役をやるだろ。なんか、魔王みたいな感じらしい。去年の『黒の女王の行進』と似たようなものかもな。お前は知らないけど、あれすごかったんだぜ」
「ビ……?何それ?どんな劇?黒の女王……?」
「劇じゃなくてミュージカルじゃなかったっけな。俺だってクラス違うからよくは知らないよ。本番のお楽しみってことだろ」
何の考えもなしにそれだけ話すと、何故だかジョンは黙り込んでしまった。
なんとなく気まずい思いを抱えたまま俺たちは歩き続けた。
川の土手までやってきて、ようやく歩きやめた。
俺がジャケットのポケットに手を突っ込んで立ったままの横で、ジョンは舗装されたコンクリートに腰を下ろした。
「……ショックだったなぁ」
聴こえるか聴こえないかくらいの声で、ジョンはつぶやいた。
「何だって?」
「さっきの話。僕は何も聞いてなかったから」
俺はそれには答えず、川が流れるのをずっと見ていた。
昼も近くなって、陽光が温かい。
「風さえ吹かなければ、春みたいだな。来週はもう文化祭だってのになぁ…」
「うん。今頃みんな頑張ってるだろうね。ブライアンも、フレディも」
「なのに俺たちときたら」
こんなところでのほほんとしている。にやりとして言うと、ジョンも顔をほころばせた。
「フレディも本番前でナーバスになってるんだろ、きっと。励まそうっていっても、文化祭が終わりさえすれば元気になるよ」
「それでも」
一瞬ジョンの語気が鋭くなった。
「…それでも、彼のために何か出来たらって思うんだ。友達なんだからさ、できることなら何でもするよ。じゃないと……辛いよ」
「そりゃあ俺だって気持ちは同じさ。フレディはああ見えて繊細だから難しいけどさ。俺に言わせれば、あのフレディが、お前にはよくよく心を開いてるぜ。だから、何かあればフレディから言ってくるに決まってるさ」
これは俺の本心だった。多少ジョンのために誇張はしても、これ以上、もしくはこれ以下のことを俺が言えようはずもない。
行くか、と声をかけると、ジョンは素直に頷いて立ち上がった。
「帰ろうぜ」
寮に帰ると、ティムが外でおにぎりをほおばっているところに遭遇した。他にも何人もの生徒を見かける。どうやらみんな、昼食のために校舎から戻ってきているらしい。
クイーン学園では寮と校舎は少し離れている。今日は休日のため、2つある食堂が寮でしか開いていないのだ。
「よう、お二人さん」
「うまそうだな、一個くれよ」
「残念、これで最後だ」
にやっと笑うティムは、フレディと同じクラスで仲がいい。ここにフレディがいないことが不思議だった。
ジョンも同じことを思ったのだろう。
「フレディを知らない?」
「さっきまでブライアンと飯食ってた。これから美術部の仕事も一緒にやらないといけないんだけど、今はどこにいるんだろうなぁ」
俺とジョンは顔を見合わせる。
フレディを見かけたら美術室に行くように言うことを約束してティムとは別れた。
「なんでフレディとブライアンが一緒にいたんだろうね」
「偶然居合わせたとかじゃねーの。大した意味ないだろ」
そう答えてはみたものの、なんだかすっきりしない。ジョンも納得していない様子だ。そのまま食堂へ向かおうとしたところへ、二人連れが食堂から出てきた。それがまさに当の本人たちだった。
俺たちも驚いたが、フレディとブライアンの驚きはそれ以上だった。
「ジョンにロジャーじゃないか、なんで揃ってここに?!」
「腹へったんだよ、フツーに」
「……それで二人で?」
「ああ。朝から外出かけて、帰ってきたとこなんだよ。お前さんたちこそ、なんで二人で?練習場所は違ってたよなぁ?」
ブライアンは戸惑ったようにフレディを見る。フレディは口もとに手をやって何も話さない。いや、話しにくいといった様子だ。たしかにおかしい。ジョンの前でいつもこんなだったら、これは心配にもなるだろうが……この空気の気まずさといったらない。
「ねぇフレディ、僕話したいことがあるんだけど」
それをブレイクスルーしたのは、意外にもジョンだった。
「……何?」
ジョンは一瞬深く息を吸ったように見えた。
「何か悩みがあるんなら言ってね、僕ら友だちなんだから」
言った。立派に言ってのけた。
クサイかもしれないが、俺は内心拍手でもしてやりたいような気になった。
ところがフレディは顔を真っ赤にしてこんなことを叫んだのだ。
「なんだって先に言うんだ!!」
俺とジョンが混乱したのも無理はないだろう。
なのにブライアンは大声で笑い出す。もう、わけがわからん。
しまいには涙目になったブライアンは、息を整えながら話しだした。
「実は僕ね、最近フレディに相談をもちかけられてたんだよ。ジョンが元気ないって」
「はぁ?」
「それで僕は言ったのさ。ジョンはクラスでは普通にしてる、けど君の前では元気でいられない理由があるんだろうって。心配なんだったら、友だちとして助け合ったらいいじゃないかってね。まさにさっきのことだったんだよ、それをジョンも思ってたなんてさ」
……ちょっと待て。
ジョンはフレディの様子がおかしいというので心配をしていた。
そのフレディの様子のおかしさの原因は、ジョンの元気がないことだった。
じゃあ、最初にジョンが元気をなくしていた理由って、一体なんだ???
俺の疑問を知ってか知らずか、フレディは顔を真っ赤にしたまま叫ぶように話す。
「だってジョンときたら、1ヶ月くらい前から部屋であんまり話さなくなっちゃったじゃないか!俺はてっきり避けられてるとばかり……」
「1ヶ月前……?ああ」
ジョンもつられたように頬を紅潮させている。
「劇の台本が出来上がった頃だよね。僕、裏方全般を取り仕切ることになってたから、どんなことをやろうって、そればっかり考えてたんだ。予算に合わせて大道具や小道具を、出来る範囲で効果的に作らなきゃ、とか。フレディはクラスが違うから相談はしにくかったし、本番で楽しんでもらおうと思ったから……。だから自然と部屋でもあんまり話さなくなったのかも」
「そ、そうだったの」
「別に避けてたわけじゃないんだ。内緒にはしてたけど」
「そうか」
「そうなんだ、ごめんね」
「いや、俺こそ」
聞いていて微笑ましさを通り越して呆れてきた。
……要するにだ。
「お前らもっとコミュニケーションしろよぉ!!」
そのへんにいた生徒たちが振り返り、ブライアンは細い体を折って爆笑し、ジョンとフレディは気恥ずかしそうに笑い合う。
まったく、とんだ狂言だった。
夜になった今、一人でこんなことを思っている。
言わなきゃわからないことが、世の中いくらでもある。
大事なことは伝え合うべきだ。
それができる、今のうちに。
あれから知り合いの3年にも会った。そのうち何人かは、今年の文化祭のテーマを決めた連中だったらしい。最後の文化祭だけあって、意気込みが違う。ちょっと前、テーマについて聞いたときこそ関心が無かったが、今は別の思いが去来している。
俺たちだって、いつかは卒業するのだということを、ふと思った。そのとき、俺たちはどうなるんだろう。変わらないでいられるのか、それとも多少は変わってしまうのか。昼前に見た川面の輝きが妙に思い出された。
――ぼくら友だちなんだから。
そう、いつまでも。そう思いたい。
今更だけど、こうやってみんなで一緒にいる時間っていうのが、俺は結局好きなんだ。
「絆か……」
「何か言った?ロジャー」
「いや、文化祭のテーマを思い出しただけ」
「ああ、『心の絆』だってな。けっこう好きだよ、そういうの」
「俺もさ」
その祭りは、もうすぐ始まる。
〜了〜