Metamorphosed Hamlet (後編)
〜やめるか続けるか、それが問題だ〜Written by ぼーいんぐ819さん
*宮殿の外で道化2人が暇を持て余している。
ローゼンクランツとギルデンスターンが乗ってきた馬にちょっかいを出して蹴られたり、
自分で掘った落とし穴に嵌ってパニックを起す道化2を呆れて見ている道化1。
憬れの君・ローゼンクランツが宮殿内にいると知って、何とか一目でもその姿を見たいと願う
道化1だったが、相方のとろい道化2がコバンザメのように何処へでも付いて来ては足を引っ張るので、どこで巻いてやろうかと頭を悩ませていた。
道化2:「ヒマですね〜」
道化1:「だってまだ出番じゃないのに勝手に出て来るからでしょう?」
道化2:「ローゼンクランツさんはホントにこの中にいるんですかぁ?」
道化1:「いますよ。さっき眉間に皺を寄せて走って行くギルデンスターンを見かけたんですから、
間違いなくローゼンクランツもこの中にいます」
道化2:「ぐふふ、いっぺんでいいからナマで見たいっすよねぇ。でもナンかここ、空気が重いなぁ…。建物がやけにブラック・サバスっぽくないっすか?」
道化1:「ふっふっふ、よくわかりましたね。実はここにはトニー・アイオミが住んでるんですよ…」
道化2:「うわっ、マジっすかぁ?」
道化1:「…んなわけないでしょうが。あのですね、一度聞きたいと思ってたんですけど、どうしてこの手の話には毎回私が登場するんでしょう?」
道化2:「あらら、いきなり話が核心に飛びましたね〜」
道化1:「しかも今回の役は何なんですか。 【道化】っていうのは、つまりは墓掘りなんですけど」
道化2:「あ〜あ、そおかぁ。だーから鋤持ってんですね〜」
道化1:「あの、どう言っても意味が分かってないようですね。早い話、私達は“墓穴を掘る”役
なんですよ?」
道化2:「はい?」
道化1:「…分かってたんじゃないんですか?」
道化2:「いいえ」
道化1:「え?この話をまさか知らない訳じゃありませんよね…?」
道化2:「いえいえ、知ってますよ。コスプレの世界でしょ? ヒロイズム丸出しの優柔不断な男が周りを振り回して…最後は皆死んじゃって、めでたしめでたし、でしたよねぇ?」
道化1:「…その程度の認識しかないんですか? 登場人物が皆死んでしまう物語のどこが『めでたしめでたし』なんですかっ」
道化2:「ハリウッドの常套手段じゃないっすか。厄介な役どころはみな死んで終わり、と。めでたいこっちゃありませんかぁ」
道化1:「ここはハリウッドじゃありませんがな!こんな強引なウケ狙いなら、インディペンデント映画にもなりはしません。わかりました。おさらいしましょう。いいですか、一度しか言いませんからよ〜く聞いてくださいよ。この話の主役ハムレットはデンマーク国王の息子です。つまりは王子です、わかりますね?」
道化2:「はぁ、王子と言えば製紙会社の?」
道化1:「…そんなベタなネタで早々とボケんといてくださいよ。ハムレットの父親は国王ですから、その相方の母親は王妃ですよね? で、この王妃、自分の旦那の国王を毒殺するんです。国王の実弟、クローディアスと共謀して」
道化2:「はぁぁ、おっかないオバちゃんですね〜」
道化1:「で、国王亡き後、王妃とクローディアスは速攻で結婚します。王妃をちゃっかり娶ることで、クロはまんまと王位を手中にするんですよ」
道化2:「あらま、せこいやっちゃな〜。それって火事場泥棒じゃないっすか」
道化1:「違う違う違う、そうじゃありませんて。最初から国王殺しは王妃とクロの陰謀なのだと言ったばかりじゃないですか。2人はクロの兄貴の先王ハムレット存命中からデキてて、王位略奪を企んだのですから」
道化2:「ははぁ、なるほど…。でもハムレットの父ちゃんは、自分のヨメの不貞に全く気付かなかったんですかい?」
道化1:「そうですね。王妃にベタ惚れだったらしい先王は気付かなかった…だから簡単に殺されたんじゃないですか」
道化2:「しっかし、黙って殺されてる馬鹿がどこにいるんですかぁ? 逆でしょう? ヨメの不貞を
ケネス・ブラナーにでっち上げられて吹き込まれて、嫉妬に狂ってヨメのデスデモーナを殺すローレンス・フィッシュバーンの方がまだ健全ですぜ」
道化1:「どこが健全なんですか!? そっちは【オセロ】でしょう、しかも映画版の。クロのヨメはガーツルードなんですからね。混ぜこぜにしないでくださいな【ハムレット】の話なんですから。で、そのハムレットですが、敬愛して止まなかった父を失い、嘆き悲しみます。そしてその先王は亡霊になってハムレットの前に現れ、事実を告げるんです」
道化2:「まさかその亡霊って自分が死んでるとも分かってない精神科医じゃないでしょうね?」
道化1:「いちいちボケるのをやめんかい!…お蔭でハムレットは全てを知り、狂乱を演じて周囲を惑わせるんです。一方、それが本物の発病なのか芝居なのか判断しかねた新王夫婦はそこで困り果て、苦肉の策で、幼少時から仲の良かったローゼンクランツとギルデンスターンを呼び寄せます。
親友とも呼べるこの2人になら、ハムレットがなにゆえにそんなに苦しみイカレたのかを探らせることができるだろう、と」
道化2:「ははぁ、要するにあのコンビはスパイとして雇われたんだぁ。ところでローゼンクランツとギルデンスターンはいったいどこから来たんでしょう?」
道化1:「知りませんがな。ガードの固いローゼンクランツの自宅がそんな簡単に分かる訳ないんですし」
道化2:「ですよねぇ。もうひとつ気になるんですけど、オフィーリアはナンであんなに毛深いんですかね?」
道化1:「…変なトコだけはしっかり見てるんですね」
道化2:「はぁ、この前ハムレットに迫られてるオフィーリアを偶然見かけたんですけど、
ドレスが乱れて剥き出した脚が剛毛に覆われていたんですわ。胸元だって毛に覆われてますしねぇ。ここの皆さんはオフィーリアを美しい美しいと褒め殺してますけど、胸毛のある女性のどこが
美しいんですかぁ?」
道化1:「そんなことを言ってはいけませんよ、世界中のオフィーリア・ファンに喧嘩を売る気ですか、ぼーいんぐさん。確かに原作では美しいだけの人と、やや無理はありますけど、主観がどうあれ、彼女は美しいオフィーリア、という設定なんですから、素直に認めましょうよ」
道化2:「ん…まぁ個性的で可愛い人だとは思うんですけど、mamiさんは美しい、と形容できますか?ローゼンクランツのそれとはまた違うでしょう?」
道化1:「ローゼンクランツは別格です!!…とにかく今は美についてあれこれ議論してる場合じゃありません。こんなこと言ってるうちに、話はどんどん進んでしまいますからね」
*その時、宮殿の中からハムレットの独白が響き渡る。
ハムレット(の声):「長らうべきか、ただしまた長らうふべきにあらざるか、ここが思案のしどころぞ」
道化1:「ほらほらほら、あの天然ビブラートは正にハムレットの声です。さすがハムレット、段取り通り着々と進めてますよ」
道化2:「だってお約束の科白でしょ。こればかりは外せません」
道化1:「先を急ぎましょう。ハムレットは実はオフィーリアのことを愛してないんです」
道化2:「へ? だって変な恋文渡してはオフィーリアを困らせてたんじゃなかったんですか?
愛してないってどういうことっすか?」
道化1:「ですからハムレットは周囲を撹乱させてるんだってばごっつとんでもない性格してるんですわこのハムレットが『非常に高慢で復讐心が強く功名心が盛んだ』と自分で言ってますからねぇその後自ら招いた役者一行にイタリア王ゴンザーゴウ殺しという名の芝居を演じさせそれを新王と王妃に見せるんですよハムレット自身が書き足したスクリプトで新王夫妻がやった通りの先王殺害を再現させましてね」
道化2:「あわわ…mamiさ〜ん、幾ら急いでてもそんな早口で一気に言われたらわかりませんよぉ。
せめて句読点くらいつけて喋ってくださいよ〜」
道化1:「…ですから、殺害再現芝居を、新王夫妻に見せる、んですってば」
道化2:「そんなモン見せられたらアンタ、動かぬ証拠を突き付けられたも同然じゃないっすか!!
やらし〜」
道化1:「そうですよ?動かぬ証拠を突き付けてるんですから」
道化2:「そンで、どうなるんです?」
道化1:「ご立腹の新王は、ローゼンクランツとギルデンスターン込みでハムレットを島流しにするんですよ。船旅で英国へご招待、です」
道化2:「えっ?ローゼンクランツは遠くへ行っちゃうんですか…?」
道化1:「そうなんですよぉ…。でね、問題はここからなんですよ。ハムレットだけがお船から戻って来るんですよ。どうしてだと思います…!?」
道化2:「わかった!ローゼンクランツとギルデンスターンのコンビは、お船の上で演奏活動するんですね?」
道化1:「…それはナインティーン・ハンドレッドとマックスですがな。誰が豪華客船に乗ると言ったんですか」
道化2:「………………」
道化1:「もしもし、ぼーいんぐさん?」
道化2:「れれ………? ね、ね、mamiさん、さっき私らは墓掘りだって言ってましたよね…?」
道化1:「は? …あぁ、随分前に言いましたけど、何ですか突然」
道化2:「いったい誰の墓を掘るってんですか…?」
道化1:「はいはい、やっと眼ざめましたね。原作に忠実に演るなら、取り敢えずオフィーリアの父、ポロウニアスの墓掘りから始めなければならないでしょうね。なんせこのあとハムレットは王妃との話の最中にカーテンの陰にいたポロウニアスを剣で刺し殺すんですから…。それが引き金となってオフィーリアはショックのあまり気が狂ってしまうんです。新王と王妃の前でミュージカルを繰り広げた挙句の入水自殺を遂げるんです。結局、この話の登場人物は皆殺しにされるんです…。つまり今現在というのは狂気への序曲状態ですからね」
*宮殿の中で、開け放した窓から道化達の話し声が聞えてから、ローゼンクランツとギルデンスターンとオフィーリアは黙ってそのやり取りに聞き耳を立てていた。あいにく道化達の姿は見えないが、 この話の正しい筋を面白がって聞いていたのだ。だが、思わぬ今後の展開―登場人物の死滅―を知り、3人は衝撃を受ける。
ギルデンスターン:「な、なんだとぉ!? 俺達が島流しにされ、ポロウニアスが殺される!?」
オフィーリア:「お父上がハムレット様に…!?そして私が入水自殺を…!?」
ローゼンクランツ:「ほら見ろ、言わんこっちゃない。だから悲劇なんてキライなんだよ。このまま黙って大量殺戮を見過ごすのか?」
ギルデンスターン:「冗談じゃないぜ。俺達はここへ死にに来たわけじゃないだろうが。絶対に生きて帰るぞ」
ローゼンクランツ:「当り前だよ、簡単に殺されてたまるか。僕は扶養家族が多いんだ。でも今の道化は気になることを言い掛けてたよな?」
ギルデンスターン:「ハムレットだけが船から戻る、ってあれか?」
ローゼンクランツ:「うん。どういう意味なんだろう」
オフィーリア:「あぁぁ…お父上さまぁ……」
ギルデンスターン:「オフィーリア、まだそれが起きると決まったわけではありませんよ」
ローゼンクランツ:「そうさ、キミが今から嘆き狂ってしまえばシェイクスピアの思うツボだろ?とにかく、このままでいても埒があかないから、僕ちょっと行って来るよ」
ギルデンスターン:「おい、どこへ行く気だ?」
ローゼンクランツ:「うん、あの説明の上手い道化に会って、詳しい話を確かめて来る。あの人は物知りだ。まるでガッコの先生みたいだから、今後の展開をきっと丁寧に教えてくれるような気がするんだ」
ギルデンスターン:「…お前ってつくづく女性教師に弱いんだな」
ローゼンクランツ:「何事も傾向と対策で乗り切るものさ。じゃあ、行って来る」
オフィーリア:「ローズ様、お願いでございます。必ずやご無事でお戻りください…」
ローゼンクランツ:「心配ないよ、オディール。きっとすぐに戻るから」
*ローゼンクランツは戻り道を迷わないように、木の実を撒きながら宮殿の外に出る。
道化達の声が聞こえた方向を探しながら歩くが、外に出た途端、どこがどこなのかさっぱりわからなくなる。結局オフィーリアに誓った通り、すぐに戻ることとなり、回れ右で今しがた自分で撒いた木の実を目印に宮殿内に戻る。下を向いて目印を辿っていると、反対側からポロウニアスが木の実を拾いながらやって来る。
ポロウニアス:「はて? いったい誰がこんな物を落として行ったやら」
ローゼンクランツ:「あ、あ、やめてよ、それを拾ってはダメだよ〜。迷子になるじゃないか」
ポロウニアス:「おお、そなたは?」
ローゼンクランツ:「…また僕の名前を聞くのかい…?」
ポロウニアス:「そなたと私は今初めてお会いした筈だが?」
ローゼンクランツ:「ひとの名前を訊ねる時は自分が先に名乗るもんだろ?」
ポロウニアス:「まさしく。私は新王の内大臣、ポロウニアスと申す者だが。これで良いか? では、
そなたは?」
ローゼンクランツ:「ソローリアスだって? ねぇねぇ、もしかしてキミはオブラートの父上かい!?」
ポロウニアス:「うぅぬ…最近歳のせいか耳の聞こえが悪いようだ。すまんがお若いの、今一度同じ
ことを言ってくださらんか?」
ローゼンクランツ:「いい所で会えたよ、コロリウス。大変なんだよ、キミ、このままでいたらゲムに殺されちゃうらしいんだ!早く逃げた方がいいよ!!」
ポロウニアス:「なんですと…?」
ローゼンクランツ:「殺されるんだってば!地獄へ道連れにされちゃうよ」
ポロウニアス:「そなたがいったい何を言ってるのか、さっぱりわからんのですが?」
ローゼンクランツ:「あぁ、もう、かったるいなぁ…。とにかく、僕と一緒に来てくれよ。
外で話してた道化達に確認するから」
*ポロウニアスの服をぐいぐい引っ張り、ローゼンクランツは再び外に出る。 ポロウニアスから道化達がいた場所を聞き出し、そこへ走るが、大きな穴が開いてるだけで 人影はない。穴の近くに寄ると、泥まみれの道化2が空に背を向け、文字通りの墓穴をせっせと 掘り続けている。ローゼンクランツが声を掛けてもそちらを見ようともせず、返事だけを返して来る。
ローゼンクランツ:「ねぇ、さっきまで話してたのはキミかい?」
道化2:「あ?何だって!?もっと大きな声で言いな!」
ローゼンクランツ:「ついさっきまで、誰かと話していたのはキミなのかい?」
道化2:「アンタ誰?」
ローゼンクランツ:「…キミまで僕に名前を言わせるのかい?僕は…覚えてないんだってば。
んもう、どうでもいいじゃないか名前なんて」
道化2:「名前も言えないヤツと話なんぞしたかないね。悪いけど今忙しいから、後にしてくんないかな」
ローゼンクランツ:「じゃ、キミと一緒に話してたもう1人の道化はどこだい?」
道化2:「ローゼンクランツを捜しに行ったよ。サイン貰うんだって」
ローゼンクランツ:「その長い名前のヤツはどこにいるんだ?」
道化2:「この敷地内のどっかにいるらしいけど、アンタ、自分で捜せばいいだろが。あたしゃ忙しいんだから帰りな。邪魔なんだよっ!」
ローゼンクランツ:「…分かったよ、捜してくるよ。冷たいなぁ」
*一度もローゼンクランツを見上げることなく穴を掘り続ける道化2。
諦めて道化1と自分自身を捜す為にポロウニアスを引き連れ、ローゼンクランツは宮殿の中に入る。
ローゼンクランツとポロウニアスの背中が宮殿の中にすい込まれた次の瞬間、道化1が浮かない顔で角を曲がって穴の方へと向って来る。汗を拭きながら道化2もやっと穴から這い出る。
道化1:「やっぱりここは広過ぎます。ローゼンクランツには逢えませんでしたよ…」
道化2:「なーんだぁ。そうっすか。残念でしたね〜」
道化1:「ちょ、ちょっと、ぼーいんぐさん、こんなに掘っちゃったんですか?もうやめましょうよ墓掘りなんて」
道化2:「だって、こんなことでもしてないとヒマで困るじゃないっすか」
道化1:「もういいんですってば。そうやってどんどん話を進めて、ローゼンクランツが死んじゃってもいいんですか!?」
道化2:「いやですよ!まだナマで見てもないうちに死なれたら困ります。どんなにハゲても老けてもボケてもヨレてもダレても、一目見るまでは生きててもらわないと」
道化1:「当然です。だからやめましょうって。こんなに掘っちゃって……あら? これは新しい足跡…?
木の実も落ちてますけど、誰か来たんですか?」
道化2:「あぁ、さっきまで誰か来てました。ずっと掘ってたんで、顔も見ませんでしたけどね」
道化1:「どんな人でした?」
道化2:「…だから見てませんって」
道化1:「声も聴かなかったんですか?」
道化2:「声は聴きました、話しかけられたもんでね。それが奇妙なヤツで、アンタ誰?って聞いても名前も言えないんですよ」
道化1:「名前を言えない…?」
道化2:「そーなんすよ、覚えてない、とかシラ切っちゃって。新手の詐欺ですかね?」
道化1:「……ぼーいんぐさん、それって……」
道化2:「名前くらい言ったっていいじゃないっすかね、減るもんじゃあるまいし。なのにそいつは『どうでもいいじゃないか』とかナンとかヌカしてんですぜ、失礼な」
道化1:「それは…それは…」
道化2:「変なヤツって声まで変なんすかね?どえれぇ変な声でしたよ。風邪引いたアヒルみたいな」
道化1:「あうあう……」
道化2:「時々ナンか食べてたようでね、ぼりぼりいう音もしてました」
道化1:「…………」
道化2:「そういえばその変なヤツね、mamiさんを捜してるみたいでしたよ…って、れれ?mamiさん!?」
*倒れた道化1のアタマの周りに小型の天使が集まり、輪を描いて廻っている。卒倒したものの、
すぐに意識を取り戻した道化1は、またしても辛抱強く道化2に対し、そこで起ったらしい事件を噛んで含めるように語って聴かせる。
他方、宮殿の中に戻ったローゼンクランツとポロウニアスは、あまり噛み合うことのない会話を続けながら、ギルデンスターンとオフィーリアのいる部屋に向っている。
ポロウニアス:「いやはや、あの道化は立派な穴を掘ってますなぁ〜」
ローゼンクランツ:「感心してる場合じゃないだろ。アレがキミの永遠の寝床になるかもしれないんだから」
ポロウニアス:「寝室くらいは持ってますから、ご心配なく」
ローゼンクランツ:「…キミも相当な天然だね」
ポロウニアス:「ところで、ハムレット様に一目だけでもお会いしなくてよろしいのですか?」
ローゼンクランツ:「うん…四の五の言っても一応友達だから、断固絶対死んでも会いたくない、って訳でもないけど、もし今すぐダムの顔を見たら、きっと南の常夏みたいな場所に行きたくなっちゃうよ。ブレイク・フリーしたくなるんだ、クラッシュが条件反射で殴ったみたいにね」
ポロウニアス:「ははぁ、人間同士は何かと難しい、ということですかな?」
ローゼンクランツ:「これは昔から僕のコンプレックスなんだけど、セムに会うとね、『や〜い能無し!!
あんぽんたんのすっとこどっこい、お前の母ちゃんでーベーそっ!』って責められて見下されているような気分になるんだ。彼は長身だから無理もないんだけどね」
ポロウニアス:「お若いの、ちょっとばかり耳を傾けて下さらんか。世の中には良い輩も悪い輩もおりましてな、例え2人しかいなくとも、どちらかが良いと言われ、どちらかが悪者と呼ばれることになりましょう、それこそが世の常というものです」
ローゼンクランツ:「僕達はきっと前世で一緒に仕事をしたんだろうね…トゥモロウアス。奇妙な懐かしさで眩暈がするよ」
ポロウニアス:「おぉ、そなたの捜しているのはこの部屋らしい。おや、美しい我が娘オフィーリア、ここにいたのかね」
オフィーリア:「お父上様、ローズ様、よくぞご無事で…!!」
ギルデンスターン:「ローゼンクランツ、どうだ、何かわかったか?」
ローゼンクランツ:「いや、肝心な道化がいなくなっててね。近くにいるのにこっちも見てくれない
もう1人の道化に『邪魔だ!』って怒られた…」
ギルデンスターン:「…お前、何しに行ったんだよ…?」
ローゼンクランツ:「どうする?」
ギルデンスターン:「今頃考えたってどうにもならんだろう。いや、待てよ。この手の話には必ず無理がある筈だ。矛盾点を捜し出して、裏を斯くんだ」
ローゼンクランツ:「今更何を言ってるんだよ。こんな話、無理だらけじゃないか!大体、登場人物の
処理に困って発狂させるか殺すしかないんだろう。こんなの幾らでも変更できるよ」
ギルデンスターン:「よぅし、そこまで言ったからには、お前のプランを聞こうじゃないか」
*いきなり全体が真っ暗になり、ローゼンクランツ1人にピンスポットが当る。
主役に馴れていないローゼンクランツは独壇場を避けようと逃げ回るが、ピンスポットはどこまでも
彼を追う。何事かをオフィーリアから囁かれたローゼンクランツは抵抗をやめ、あらぬ方向をしばし睨み付けていたが、再びオフィーリアに微笑みかけられ、2人は無言で見詰め合う。その後ローゼンクランツは打って変わって会心の笑みを浮かべ、頬が薄ピンク色に染まり長い睫を伏せ、はにかみながらも独白を開始する。
ローゼンクランツ:「難しいことを考える必要はないんだ。僕達は誰かの策略で生きてるわけでは ないからね。人間は自分の為に生きていい筈だ。僕の言いたいことが分かるだろ? みんなでここからとっとと逃げるんだ。手っ取り早いし無駄もないし犠牲も減るしね。悪いけど僕は誰かの野望の為に命のやり取りをするなんてごめんだよ。もちろん他人にそんな大それたことを願うこともない。何故って、僕は今、人生の岐路に立ってるからさ…。おまけに昔からあまり人間を信じられなくてね。偏屈なのは分かってるよ」
ローゼンクランツ:「……だけど、妙だな、僕はついさっき、誰かの為に忠義を尽くしたい、と心から思ったんだ。命のやりとまでは行かないけど、モジリア、僕の余生はキミに捧げたいんだ。僕には家族がいるから離れて暮らすことしかできないし、キミとムフフな夜をハードにアヘアへのノリで過ごすなんてきっと絶対間違いなく未来永劫無理だと思うけど、これからの僕はせめて心だけでもキミの為に生きたいんだ…」
*ギルデンスターンとポロウニアスは半開きの眼でばちっばちっと心無い拍手を送りながら、アホ臭さそうにそっぽを向いている。オフィーリアは感涙に咽び泣く。そしてため息混じりにローゼンクランツを熱い眼差しで見つめ、2人の世界に埋没する。
ポロウニアス:「オフィーリア、そちの心はもう…」
オフィーリア:「お父上様、お許しください。私はローズ様にこの想いを捧げとうございます」
ギルデンスターン:「な、なんだよこの唐突な展開は?」
ローゼンクランツ:「人を愛するのに面倒な手続なんか要らないよ」
ギルデンスターン:「早まってはいけません、オフィーリア。彼・ローゼンクランツは多産系です」
オフィーリア:「まぁ、子供がお好きなんですのね?お優しい人柄が滲み出ておりますわ」
ギルデンスターン:「いや、正確には子作りが好きなだけ、それだけなんです」
ローゼンクランツ:「子供の数なんて結果に過ぎないだろう?家庭環境を複雑にしてるキミに
言われる筋合いはない」
ギルデンスターン:「いいか、よく聞け。俺はお前の逃避プランを聞きたいと言ったんだ。ここで愛の告白をしてどうする?」
ローゼンクランツ:「少々予定は狂ったが…大事なことは言ったじゃないか。逃げるしかないって」
ギルデンスターン:「本気なのか?」
ローゼンクランツ:「当然だ」
ギルデンスターン:「オフィーリアはどうする気だ?」
ローゼンクランツ:「連れ出して匿うさ。狂わせられるのも殺されのも黙って見逃せるもんか」
ギルデンスターン:「それが簡単に出来るとでも思ってるのか!?」
ローゼンクランツ:「簡単だとは思わないさ。でもやってみる価値はあるだろう?」
ギルデンスターン:「……ローゼンクランツ、考え直さないか?」
ローゼンクランツ:「ダラッシュ、今になって怖じ気づいたのか?」
ギルデンスターン:「王令を無視すれば、どの道殺されるのが関の山なんだぞ!」
ローゼンクランツ:「だから何だ?」
ギルデンスターン:「…反乱など起さずにこのまま流れに任せるのもひとつの選択だ」
ローゼンクランツ:「キミの気が知れないね。人の命が掛かっているというのに、それでも
このまま運命に身を任せると言うのかい?」
ギルデンスターン:「ならお前は孤独なハムレットを置き去りにするのか!?そんなことは俺にはとても
できない。俺達は友情を超えた仲だった筈だろう?」
ポロウニアス:「おおぉ…ギルデンスターン、そなたはハムレット様を…!?」
ギルデンスターン:「いやいや、そうじゃない、違うよポロウニアス…妙な目で見るのはやめてくれないか。信頼の話だよ。それにこの先も、あの道化が言った通りに進む保証なんかないんだからな」
ローゼンクランツ:「道化は嘘なんか言ってないよ。僕はそれは信じられるんだ」
ギルデンスターン:「お前は俺達を裏切るのか!?」
ローゼンクランツ:「それを裏切りと呼びたいのなら、勝手にするがいい」
ギルデンスターン:「このやろ……っ!」
*ローゼンクランツに殴りかかろうとしたギルデンスターンの動きを察知したポロウニアスは、
咄嗟に衣服の中からバナナの皮を取り出しギルデンスターンの足元に放った。計算通り滑って
引っ繰り返ったギルデンスターンが頭を打って気絶したスキに、ポロウニアスが手引きをし、
ローゼンクランツとオフィーリアはそれぞれ別室に身を隠す。
ポロウニアスは思案の果てに先ほど見た大きな穴を思い出し、急拠道化1を呼び寄せ今後の原作の展開を確かめ、間違いないことを確認するや道化の助っ人を大勢呼び集める。
極秘任務として夜を徹して城敷地内から外部に続く地下道を掘るよう道化一団に言い渡した。
その後、ハムレットの招いた役者達が使う仮面を勝手に拝借し、ローゼンクランツとオフィーリアの
駆け落ちの手立てを整え、ギルデンスターンをどう説得するか考えあぐね、一計を案じる。
何も知らない道化1と道化2はそれがローゼンクランツの為だとは夢にも知らぬまま、穴に続く
地下脱出道をせっせと掘る。
道化1:「この作業が終わリ次第、ローゼンクランツ捜しを再開しますからね」
道化2:「逢えるといいですね〜」
道化1:「もう2度とチャンスを逃さないで下さいよ!妙なことを言うヘンな声の人がいたら、
全ての人をローゼンクランツと疑ってくださいな。そうでなくても…ううう…アナタは大きな
またとないチャンスを…思いっきり、ううっ…棒に振ってるんですから」
道化2:「はぁすンません…お願いですよ〜そんなに泣かないでくださいよぉ…」
道化1:「これが泣かずにいられますか、ううう」
道化2:「でもまたどこからともなく現れるかも知れないじゃないですか」
道化1:「それが甘いんですよっ。いいですか、くれぐれも気を引き締めてくださいね!」
道化2:「ふぁ〜い」
ポロウニアス:「おお、仕事は順調に進んでおりますかな?」
道化1:「は、仰せの通りに。間もなく貫通する見込みとなりました」
ポロウニアス:「充分な高さもあるし、これなら申し分ない。よく働いてくれた」
道化2:「ねぇねぇ、この地下道、何の為に作ってるんすかぁ〜?」
ポロウニアス:「いや、どうってことはないもんでな。ただの余興だと思ってくれればよろし。
ああ、そうそう、近々役者一行が試しに通るので、それに付き合ってやってくださらんか?」
道化1:「仰せとあらば、なんなりと」
道化2:「ふぁ〜い。同じで〜す」
ポロウニアス:「そうかそうか、ありがたい。ではまたのちほど」
道化2:「な〜んだ、役者かぁ…」
道化1:「余興ねぇ…。なんか胡散臭いんですけど、ま、とにかく仕事を続けましょう」
数日後の未明、地下道が完成する。
ギルデンスターンはポロウニアスの策略とも知らずに、気絶から眼を覚まして以来、
美女に取り囲まれた酒宴を延々繰り広げ、理性を失ったまま陽気に騒いでいる。
ハムレットも部屋から出られないよう頑強な見張りが付けられ、自由に宮殿内を行き来出来なく
されていた。何も知らない新王夫妻は、ハムレットからだと使いのものから手渡される手紙を
読んで徐々に心変りし始めた。そこには今までの自分が間違っていたので、当分新王夫妻に
会わずに暫く自室で心改めたい、後日、生まれ変わって新王夫妻の前に出て行きたい、と
心情を綴ってあった。真に受けた新王は今後ハムレットを腹心に据えて暗躍しようと企みを
新たにしつつ、ハムレットが自らお篭り中の部室から出る日を待っていた。
問題の穴―地下道では、うじゃうじゃと助っ人道化達が穴から這い出るが、
監督責任者の道化1とおまけの道化2はまだ中にいて灯篭のチェックをしている。
道化1:「どうも腑に落ちませんね。いったい誰が通るんでしょう、ここ」
道化2:「役者の一行って言ってたじゃないですか?」
道化1:「額面通りに受けてはいけませんよ。役者なら極秘に通る必要はないんですから」
道化2:「それもそうっすねぇ…。もしかしてローゼンクランツがまた来る、なんて…」
道化1:「なんの為に、です!?」
道化2:「ナンか…あの人、こういう暗い穴好きそうじゃないっすかぁ〜」
道化1:「はいはいはい、聞いた私が悪かったんですね」
*その時、地下道の宮殿方向で物音がして道化1、2がそっちに向って歩き出すと、明かりを手にしたポロウニアスが音を立てないよう注意深く、侍従と共に地下道を歩いてくる。
その後から、仮面を被り仮装をした一団が蝋燭を持って続き、数頭の馬の間に葦毛の美しい馬も
一頭だけ混じっている。一行が暗く寒い地下道の奥へ奥へと進み、道化ふたりがいる地点まで来ると、細身で黒装束を身に纏った2人が人物が小声でポロウニアスと話したり抱き合ったり、異様なムードを醸し出していた。片方は身体を震わせて泣いているようにも見えたが、ポロウニアスに促されて身を震わせながらもうひとりの黒装束と共に馬に乗る。
ポロウニアス:「いやはや、大変な仕事を果たしてくれて、感謝申し上げる。何、心配はご無用。
この役者連中が今度の大掛かりな出し物の為の訓練をしたいと申すものでな、ふぉっふぉっふぉ、
急遽、このようなものを申し付けてしまったわけじゃ。ただし、くれぐれもこのことは内密に頼みますぞ。出し物の特訓が終わるまで新王並びにハムレット様には決して気付かれないように」
道化1:「ははっ。しかしながら、この先は幾分長い道のりとなっておりまして、多少ながら、危険な場所もございます。どうかお気を付けてお進みください」
ポロウニアス:「おお、そうか。細かな気遣い、有り難くいただいておこう。…いや、待てよ。
そうじゃ、そなた達も向こうの果てまで案内しては下さらんか?」
道化1:「は?我々も…? わかりました」
道化2:「ぎょえ〜、マジぃ〜!?」
道化1:「なんて言い草ですか?立場をわきまえてくださいよ…!!」
道化2:「あ、はぁ。すんません。…仰せの通りに」
*道化1は馬に乗った2人に付き添うことを命じられる。それがローゼンクランツとオフィーリアだとも知らずに。一方、道化2はオツムは空っぽだが唯一の取り柄でもある体育会系の強靭な肉体を認められ、馬の負担を減らす為に山ほどの荷物を背負わされて歩かせられる。
地下道に響き渡るのは馬の蹄の音とそれに沿って歩く一行の足音だけだった。
皆が沈黙し、誰一人、声を出すこともしなかった。
時々、荷の重さに耐え兼ねた道化2がばたっと倒れ、その時だけは自然に進行が止まったが、
会話もなく不気味な沈黙を守る行列は遥か向こうの出口を目指してひたすら歩き続ける。
ずっと先の天井に一筋の明かりが見えた頃、道化1が付き添っていた2人乗りの葦毛の馬が止まった。仮面を被ったままだったが、馬の前方に乗っていた黒装束の男が突然手袋を外すや、
「いろいろありがとう」と言って道化1に感謝の握手を求めて来た。
その白く長い指の眩しさにドキリとして気遅れを感じた道化1は少々躊躇ったものの、
これがローゼンクランツの手ならどんなに嬉しいことだろうと思いながら、紛れもない当の本人の手を
しっかり握り返した。ローゼンクランツの後ではオフィーリアが静かに深々と頭を下げていた。
道化2はヨレヨレになりながらも、背負った重い荷をようやく馬に乗せることが出来、安心すると同時にその場にへたり込み一行から置いてきぼりを食らっていた。
『う、眩しい…』
やっと長い地下道から外に出た瞬間、痛いほどの朝陽が道化1の目を直撃し眩ませた。
目を瞬かせながら視力を戻そうと必死の道化1。擦ったり涙を拭いたりしつつ微かに周囲が見えたのは、先ほど馬に乗ったまま握手を求めて来た人物が、顎から額に向けて仮面を剥ぎ取ったちょうどその時だった。
『ロ、ローゼンクランツ…っ!!?』
道化1は霞んだままの眼の端っこで必死に確認しようと試みたが、暗い地下から出ていきなり強い
太陽光線を浴びた両目である。そう簡単にいつもの視力を取り戻してはくれなかった。まだ根拠に乏しい事実とは言え、全身の血が逆流するかのように熱くなる。ローゼンクランツに見えた人がホンモノなのかそれとも幻か、それだけが知りたくて祈るような気持ちで目の回復を待った。
やっと何とか廻りの事物がはっきり見えるようになったのは、走り出した馬の上から手を振る人が見えた時だった。
「ありがとう!」
何度も振り返りながら、大きな声で叫ぶローゼンクランツの後ろには、幸せそうなオフィーリアの
姿が見えた。2人は朝陽の中黒いコートをなびかせながら、自由に向って走り出していた。
*道化1が複雑な気持ちで今来た道を退き返すと、汗と泥に塗れた道化2がそこらに 転がっている。道化1は汚れた俵のような道化2の側まで行き、茫然とした虚ろな眼のまま 心在らずな弱々しい声で話し出す。
道化1:「…まだこんなところに寝てたんですか…?」
道化2:「れれ?どうしたんですか〜?ナンか元気がありませんねぇ?」
道化1:「…とうとうローゼンクランツに逢いましたョ…」
道化2:「ぎょえー!!マジっすかぁ!?やた〜〜〜〜っっ!!!」
道化1:「えぇ、マジで。やりましたよ…握手もしちゃいました…」
道化2:「い〜な、いいないいなぁぁ〜〜〜!!」
道化1:「ええ、嬉しかったですよ…でも行っちゃいました…」
道化2:「ねぇねぇ、どこへ行っちゃったんですか??ねぇねぇ、教えて下さいよぅ、あらら?ねぇ
mamiさんったらぁ…そんなに急がないで下さいよ〜〜」
*無言で歩く道化1の後から道化2がぎゃあぎゃあ騒ぎながら追ってくる。
地下道の途中でさめざめと泣くポロウニアスを発見し、道化1はこの逃避行の首謀者が彼だと悟ってポロウニアスの側にそっと佇む。陽気な天然ボケと手廻しの良いやり手を使い分けるポロウニアスも普通の父親と知り、道化1は悲しいながらも親近感を憶えていた。
ポロウニアス:「決して結ばれん運命じゃと言うに…不憫な娘だ。修道院で今後を生きるのだ、と…」
道化1:「オフィーリアは幸せですよ。例え一緒になれなくても、魂やココロの結び付きは強いものですからね」
ポロウニアス:「そうか、そう言ってくださるか…」
道化1:「勿論です。ローゼンクランツは命懸けでオフィーリアを救い出したんですから。心が一緒なら死でさえも怖くはないんでしょう」
ポロウニアス:「愛するの者の為ならば…死すらも……」
道化1:「だってローゼンクランツですもの」
*宮殿に戻ったポロウニアスは斬首覚悟で新王夫妻とハムレットを前に事実を申し伝える。
だがポロウニアスは不本意にも命拾いすることになる。部屋に閉じ込めたことでハムレットの
心身症が最悪の事態を迎えていたからだった。ハムレットは精神を持ち堪えることが出来ないほど深い苦しみから逃れる為に無意識に働かせたある種の防衛のせいで、とうとう記憶喪失状態に
陥っていたのである。
過去の苦悩も悶絶も何もかもを忘れ無邪気に生きるハムレット。
新王夫妻はハムレットのあまりの変容に心痛めて改心し、3人は真の親子の絆で結ばれる。
仇打つ筈の新王夫妻の手厚い看護を受ける一方、宮殿に留まったギルデンスターンの
熱い友情にも支えられ、ハムレットは新しい人生を始めようとしているところだった。
温情を与えられたポロウニアスは引き止める新王に赦しを乞い、宮殿を出る決意を固めた。
道化1もその実力をポロウニアスに買われて、もっと条件の良い職場を斡旋されるが、
ローゼンクランツを生で見、触れた光景と場所が忘れられずに宮殿に留まった。
*数年後。
ローゼンクランツが去ってから、時折宮殿に署名のない封書が届けられている。
ポロウニアス宛の手紙だった。
道化1はポロウニアス宛の手紙を預かり全て転送していたが、ある日、転送した筈の手紙の束が
宛先人不明で戻されて来た。
何度送り直しても、ポロウニアスはどこか遠くへ行ってしまったらしく、全て戻される。
何かがあった時は手紙を読んで構わない、とポロウニアスが言ってたことがある。
道化1は封筒に緊急の文字がある手紙だけやっとの思いで開いた。
そこにはオフィーロが難病にかかり修道院で命を落とした、と書いてあった。
自分も彼女の最期を見届けることは出来なかった、と。
それは紛れもなく正しく名前を覚えられないローゼンクランツの文字と思われた。
この世で一番短く悲しい手紙の文字は滲んで、ところどころに濡れた跡が見受けられたが、
修道院からオフィーリアがローゼンクランツに宛てた最後の手紙も一緒に添えられていた。
【ローズ様
貴方が与えてくださった生きる希望を胸に遠くへ参ります。
例えどんな遠くへ行こうとも、貴方の幸せだけを祈ります。
私は本当に幸せでした】
*ギルデンスターンはローゼンクランツの消息を探し当て、友情の証としてまた一緒に仕事をしたいと訴える手紙を書き続けるが、ローゼンクランツからの返事は一向に望めなかった。
ハムレットも部分的に蘇る過去を辿り、ローゼンクランツを思い出す。
長い長い手紙をローゼンクランツに送り、ギルデンスターンと共に自分の下で仕事をして欲しいと
懇願するが、ローゼンクランツは自分の仕事は終わったのだと、決して取り合うことはなかった。
ローゼンクランツは小さな町で、静かに家族と共に暮していた。
心に棲み付いたオフィーリアのことは、誰にも話さずに。
深い悲しみに立ち会いながら、なんとか自力でたち直った道化1は相変わらずトロくてどん臭い道化2の面倒を辛抱強くみていた。
時々無言の殺気を背中に感じながらも、道化2は子犬のように道化1を頼り、いつまでも付き纏っていた。
道化1:「だから、教えてくださいよ。なんでこの手の話にはいつも私が登場するんです?」
道化2:「いいじゃないですかぁ…魅力的なキャラですもん」
道化1:「まさか、これからも続ける気じゃないですよね!?」
道化2:「え?これから?ないですないです、これでぜ〜んぶおしまいですよ〜〜」
道化1:「どうだか……」
**最後まで読んでくださった方々へ**
駄作にお付き合い下さいましてありがとうございました。
前編に対するご感想を戴きながら一部お返事を出来なかったこと、
大変申し訳なく思っております。この場をお借りして、お詫び申し上げます。
心温まる感想を贈ってくださった皆様、本当にありがとうございました。
mamiさん、溢れる感謝をここに(chu〜☆)