木漏れ日が見せた幻影
Written by 黒とかげすぴかさん
「よしっじゃここら辺で休憩にしようか」
イギリスロックバンドQueenがデビューして、まだ間もない頃。
四人は、郊外の静かな…しかし知る人ぞ知る的な公園に来ていた。
今日は、雑誌の撮影だ。
Rogerは、機嫌が良い時は撮影に協力してくれるが、
気が向かなくなると帽子で顔を隠してしまう。
その点Johnはいつでも撮影オッケーだが、いつも同じ表情だった。
この公園は大きな池もあって鳥も沢山居た。
大きな木も沢山あり、この公園の歴史を感じられる。
そんな中、カメラマンが休憩の言葉を発した。
はあ…。
ほっと一安心する、John。
まだ写真撮影等には、正直慣れていなかった。
ライブで使った帽子をかぶる、John。
これでも一応変装しているつもりだ。
だが、緊張がずっと続いて疲れたのか、Johnは眠気を感じた。
「あんまり遠くへ行かない様に!!」
カメラマンが叫ぶ。
Johnは、きれいな池の近くの木の元で横になると、顔を帽子でかぶせて仮眠する
事にした。
下が芝生で良い感じである。
アルバムQueenの録音は本当に大変であった。
真夜中にスタジオが空いて、Rogerじゃないが本当にゾンビの様な生活であった。
でも、ここ数週間前でそれも終わり、今はプロモーションをしている。
その活動の一環が今日の雑誌の撮影であった。
そんなJohnは、すぐに眠りについた。
眠っている様な起きている様な不思議な感覚に襲われたが、
やがてすーすーすーと寝息を立てて眠るJohn。
だが、そんな休憩は、突然終わった。
「じょ、じょん。わわわっちょっと助けて〜」
そんな大声が聞こえたからだ。
その灰緑色の瞳をあけて上半身を起き上がらせる、John。
そして、辺りを見回した。
「じょ、じょじょおおおおおお。じょん。そうじゃない。上だよ上」
聞き覚えのある声。
そして、その声の通り、Johnの上から声が聞こえて来た。
Johnが上を見る。
すると、木漏れ日がJohnの目に入って眩しくて、一瞬目を背けた。
が、
「は、はやく、助けておくれよ〜。お、落ちる、落ちちゃうよぉ〜」
と言う声に、Johnは、目の上に手のひらを乗せると見上げた。
緑の葉っぱを沢山つけた枝が沢山あってよく見えない。
「ど、どこだい?こっちからは見えないけれど…」
Johnが見上げる角度や場所を変えながら言った。
「こここここ、ここだってっここ」
ばさばさばと大きな音が聞こえた。
枝を揺すったかの様な音だ。
それは、眠っていたJohnのちょうど頭の上辺りで聞こえて…。
「全くこんな大きくて高い木に上ったのかい?危ないなあ」
Johnが呆れた様に言った。
「それはその〜。だって…ってわぉもう限界だ。落ちるぅ〜」
ばさばさばさ〜と音をたてながら、空から何かが落ちて来た。
Johnは、「えっ?えっ?えっ?」と言いつつ、空を見上げて、
キャッチしようと両腕を広げてうろうろした。
…と、ばさばさばさ〜と言う音が近づいてきて、枝が曲がったかと思うと、
同時にJohnの腕に重たい何かが飛び込んで来た。
「ナイスキャッチ!!!」
腕の重たい何かがそう言ってほめる。
「Freddie!!」
そう木に登って落ちて来たのは、取材用の服を来たFreddieだった。
「危ないなあ。僕が受け止められなかったら大変な事になっていたよ」
Johnが言う。
「感謝してるよ」
Freddieが涼しい顔をして言った。
「お礼に…はい」
そう言ってFreddieは、左に持っていたJohnの帽子を頭にかぶらせた。
「あれ…これは?」
Johnが訳が分からず訪ねた。
なぜFreddieが持っているのか?分からなかったからだ。
「Johnの帽子さ」
Freddieがさらっと言う。
「Johnが寝ている時、風に飛ばされてこの木の高い枝に引っかかってしまったんだ。
その帽子は、Johnのお気に入りの帽子だし、帽子を買うお金がもったいないし。
それで俺が木に登ってね、取って来たんだ」
「ちょっと降りるのに失敗したけれどね」Freddieが付け加える。
「Freddie…」
Johnは感動した。Freddieが自分の身の危険を承知でJohnの帽子を取ってくれた
のだ。
「Freddie…ありがとう」
Johnは、心の中から礼を述べた。
「えへへ」
Freddieはちょっと得意げな顔をして、
「お礼ならおでこにチュで良いよ」
と冗談で言った。
右手の人差し指を上下に降る。
すると、Johnは本当に自分がお姫様抱っこをしているFreddieのおでこにゆっく
りとキスをした。
「サンクス」
Freddieが、Johnのほほにお返しのキスをした。
「じゃ、Freddie。そろそろ降りてくれないかな?さすがに重たい。
腕に力が入らなくなって来てるから、落とすかもしれない」
「わっわっ。降りるよ降りるよ、まだもうちょっと支えててね」
Freddieがあわてて言った。
Johnが、お姫様抱っこをしていたFreddieの脚を地面につけて立ち上がらせる。
「Johnありがとう」
やっと地上に降りたFreddieが言った。
「うんうん。こちらこそ帽子を取って来てくれてありがとう」
Johnも笑顔で礼を言った。
…と、ここでハプニングが起こった。
Freddieに気が行っていて、下は見てなかったJohn。
木の大きな根に脚を取られて、「あっ」と言う言葉と共に、
後ろ向きで木へと倒れて頭を打ってしまった。
がつん!!
乾いた音がして、ズルズルズルと木にもたれかける様に座り込んでしまった、John。
「John?!」
「Johnしっかりして!!」
「頭を打ったから、下手に動かしてはいけないよ」
意識を失う直前でそんな声が耳の中で反響した。
「じょ、John!!落ちる落ちる!!ちょ、ちょっと受け止めてくれよ」
ふと気が付いた時そんな聞き覚えのある声が上から聞こえて来た。
デジャヴ?!
Johnは、立ち上がると、目の上に手を置いて見上げた。
ばさばさ〜。そんな木の枝の音が段々Johnに近づいて来てくる。
Johnは、両腕を広げて落ちてくるものを受け止めようとした。
…が。
「うっそ〜♪」
その落ちて来たものは、Johnの腕に落ちる事無く、ふわふわと浮いていた。
天使の羽を持ち天使の輪っかも持っている。
そして、口ひげを生やしており、髪をオールバックにしていた。
でもその声には聞き覚えがあった。
聞き覚えがあると言うより、それは歌声にもなり議論の声にもなり、仲裁に入る
声でもあり、
いつでもJohnの側にいて聞こえてくる声…。
「ふ、Freddie…かい?」
Johnが、おそるおそる聞いてみた。
すると目の前の天使が「そうだよ」と嬉しそうな笑みをして答えた。
「一体その風貌はどうしたんだい?その羽は?輪っかは?
僕確か君が木の枝から落ちてくるのを受け止めたんだよね?
それでそれで…」
「まあ、細かい事は良いじゃないか」
Freddieが言った。
「君に会うのも久しぶりだし」
そして「会いたかったよぉ」とJohnに抱きついた。
しかしJohnにはFreddieの体を抱きしめる事は出来なかった。
すかすかっと空振りをしてしまう。
「Freddie、もしかして君、、、」
Johnは悪い予感を胸に抱きながら言った。
「そう、死んだんだ」
ケロッとした表情で言う、Freddie。
この時Freddieは、Johnから体を放して目を合わせながら話した。
「正確には1991年だけれどね」
「せ、1991年?」
Johnの頭は混乱した。
今年は1973年のはずだ。
「まさかドッキリ?!」
Johnがキョロキョロとカメラが仕掛けられてないか?探した。
するとFreddieは、
「違うんだよ、John。俺はね、1991年に亡くなるんだ。
そしてJohnも1997年に音楽業界を引退する」
「えっ!!!!」
Johnは驚いた。
「はは、そんなまさか…」
Johnは、動揺した。
なぜJohnが本当にFreddieなのか?聞かないのは、
目の前の天使?が筋肉がついて風貌が変わっていても、
Freddieの声でしぐさでしゃべっているからだ。
「俺も変わっただろう?」
Freddieが、にやっとする。
「1980年に発売されたシングル『Play The Game』の時に口ひげを初めて公開し
たんだ」
「1980年…」
Johnがつぶやいた。
「やっぱりドッキリなんだろう?そんな未来の事なんか分かるはずが無い」
Johnは言った。
信じられないのも無理が無い。確かに未来の事等誰も分からないのだから…。
しかし、Johnの目の前に居るFreddieは、煙草を吸って冷静に言った。
「バンドは成功するよ。あと2年の辛抱だ。
アルバム『A Night at the Opera 』の『"Bohemian Rhapsody"』が大ヒットする。
もちろん俺が作った曲だけれどね」
Freddieは自慢げに言った。
「そんなそんな…まさか…」
Johnはゆるゆると頭を振った。
「ちなみに2014年に、まだ生まれていないけれど、
Adam Lambert と言うヴォーカルと、
BrianとRogerで日本のサマーソニックに出場するんだぜ」
Freddieが少々興奮しながら言った。が、
「まあ、信じられないのは仕方が無いね」
Freddieは、そう言ってまたJohnに抱きついた。
「んー、久しぶりのJohnとの抱擁。やっぱり良いな」
しかし、相変わらずJohnは、Freddieに触れられなかった。
「John。忘れないで。こうして空から見ていても、
生きて君の側に居る時も、いつだって君の事を想っているよ」
「なんでそんな未来の事を1973年の僕に…」
「君が目を覚ました時、全て忘れるから」
Freddieは言った。
「忘れて欲しくないけれど、ルールだから仕方が無い。
俺はね、ずっとJohnとこうして話しがしたかったんだ」
「死んでから」Freddieが付け加える。
「そ、そんな重要な事を忘れなくてはならないのか?」
Johnが聞いた。
「ああ、そうだよ。だからJohn、生前の俺と仲良くしてやってくれ。
そりゃレコーディングの時とかでもめる事もあるだろうけど。
あのね、君は1975年にヴェロニカ・アグネス・メアリー・テッツラフと結婚する。
6人の子供をもうける。
でも俺の事はどうか忘れないで欲しい。仲良くして欲しい。
願わくば死が二人を引き離すまで…。
ううん、死が二人を引き離した後もどうか俺の事を想っていて欲しい」
するとジョンが満面の笑みを浮かべ、
「もちろんだよ、Freddie。僕は君の事尊敬してる」
と述べた。
「たまにスケベになるけれど…君の完璧主義さと歌声を…と言うより君の存在自体
を尊敬している」
「尊敬じゃなくて、好きとか嫌いとかならどっち?」
Freddieが不安そうな表情をして尋ねた。
「それはもちろん、好きだよ」
「John…」
Freddieは、Johnの顔中にキスをした。…と。
「Freddie、そこにいるかい?」
全く聞いた事のない男の声が木の上の方からした。
「誰?」
Johnが聞く。
「ん…。内緒♪生きてればそのうちJohnにも出会うよ」
そう答えてからFreddieは、
「ジム、ここに居るよ。今からそっち行くから」
と、声を張り上げた。
「それじゃ、John。今の俺にはもう会えないかもしれないけれど、
生前の俺をよろしくな」
「ああ、分かった」
「今日はありがとう、久しぶりに会えて良かった。
しかも貴公子時代のJohnにね」
「Freddie!!いかないでくれ!!」
Johnは、その胸をすり抜けてパタパタと羽を使いながら空へと上って行く
Freddieに言った。
しかしFreddieは、振り返るとそのままの位置で、
「だめなんだ。俺とこのまま一緒に居たら君は死んだ事になる。
そうなるとQueenのベースは誰がやるんだ?ヴェロニカは誰と結婚するんだい?
6人の子供は?何千人もの人生が変わってしまうんだ。
分かってくれ」
と、言った。
「…もう好きな人を失いたくない…」
Johnは、きっと父親の事もさしているのだろう、そうつぶやいた。
「大丈夫さ」
Freddieは、また下に降りて来てJohnを抱きしめた。
「1973年から1991年まで何年あると思ってるんだ?
その間に俺と親しくすれば良いさ。
思い出をいっぱい作ってくれ。
俺は覚えているよ。Johnとの沢山の思い出を。
だから…」
「Freddie!!」
又Johnは知らない男性の声が聞こえた。
「今行くって!!」
そう言ってからFreddieは、Johnに口づけした。
しかしJohnには、唇の感触と言うより、風がそよいだ程度にしか感じなかった。
「それじゃ俺は行くね」
Freddieはそう言うと、羽をパタパタとさせて空へと正確には木の上へと上って
行った。
「Freddie…Freddie!!!!」
Johnが叫ぶ。
…と。
「何だい?John!!」
返事が返って来た。
Johnが目を開ける。
すると、いつもの見慣れた貴公子Freddieが心配そうな表情をして、Johnの顔を
のぞき見ていた。
「ふ、Freddie?」
Johnは、目を開いた。
「良かった。このまま目を開けなかったらどうしようかと思った」
「いや、目を開いたのは良かった事だけれど、
頭をぶつけたんだから病院で精密検査をしてもらった方が良いと思う」
Brianが言った。
ふとJohnが気が付けば、Queenのメンバーや撮影のメンバーなどが集まって、
Johnを中心として丸く円になって集まっていた。
「あっここは…?」
Johnが尋ねる。
「木の下だよ」
Rogerが答えた。
「頭をぶつけたらあまり動かさない方が良いって聞いた事があるから、
そのままにしておいたのさ」
「John。大丈夫かい?頭が痛いとかないかい?」
FreddieがJohnにお顔を近付けて言った。
すると、Johnは、Freddieの何かが違う様な気がして、
鼻の下を上から下へと触った。
そして、髪を上へ持ち上げた。
しかし、何が違うか?は分からなかった。
「ど、どうしたんだ?John?まさか俺の事忘れたなんて事ないよね?」
「…」
Johnは、Freddieの長い髪を持ちつつ両ほほに手を当てていたが、
何を思ったのか皆の前でキスをした。
「ななななななななな、なんだい。突然」
Freddieの顔が赤くなる。
Johnは、Freddieとのキスの温度感唇の感触を確かめた。
今のFreddieは、生きている。
キスもとても実感のあるものだった。
しかし、Johnは、覚えてない。
天使の羽と輪っかがついたFreddieが言った事を。
Freddieがいつ死んで、自分がいつ引退するかを。
そしてこれからのQueenの事を。
「救急車まだか?」
「John、大丈夫?」
「何事もなくて良かった」
そんな言葉が行き交う中、Johnは、上を向いた。
木の枝や葉の隙間からこぼれてくる太陽。
Johnは、何かを掴もうとして両手を宙に伸ばした。
しかし何も掴めなかった。
Johnが掴みたかったのは、きっと天使の羽と輪っかを持ったFreddieだろう。
しかし、Johnには、何も分からなかった。
Johnは、泣いていた。
それは木漏れ日のきらめきぐらい美しかった。
(完)