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RETURN OF THE FOUR MEMBERS

Written by la chatさん

「・・・承知いたしました・・・はい、なんとかなるかと・・・かしこまりました、お待ちしております」
受話器を置いたマネージャーのビーチ氏は苦笑いをした。予想通りだ・・・。

ここクイーンズ・ロック・カントリー・クラブは、英国の伝統的なスタイルを頑なに守っているゴルフ場である。茫々たるラフと鴎さえ難儀をするような海風がプレイヤーを阻む厳しい環境ではあったが、一方でヴィジターは一切受け入れず、クラブ・メンバーを大切にする温かな対応がセレブリティの間で密かに喜ばれていた。
ビーチ氏は置いたばかりの受話器を取り上げ、内線でキャディー・マスター室を呼び出した。
「あぁ、私だ。スティッケルズ君は居るかね?・・・遅刻だそうだ・・・決まってるだろう、女王様たちだよ!・・・後の組に回してやってくれ・・・そんなの判らんよ・・・あぁ、1時間ね・・・いいだろう。よろしく頼むよ」
まったく、あいつらときたらいつも遅刻だ。始めのうちは遅刻対策としてスタート時刻を遅めにしてやっていたのだが、それでも時間に間に合ったためしがなかった。頭に来て(間がガラガラに空いてしまうが)午前10時スタートにしてやったのに、それでも20分遅れやがった。その上プレイが遅いもんだから、インになって半分も行かないうちに日没になってしまい、車で迎えに行かなくてはならなかった。
今ではこっちもだいぶ知恵がついてきて、ハナから1時間は遅れると見込んで8時半のスタートだと伝えるようにした。
そして今日も期待を裏切ることなく、1時間遅れで「あの4人」がやって来た。

白い手袋をした運転手のエドウィンが、20フィートはあろうかというリムジンのドアを開けた。
「ねぇねぇ、フレディ、起きてよ。着いたよ」アフロヘアの男が、口ひげを蓄えた男を揺り起こした。
「んんー、もう、眠いんだからほっといてよ・・・」
「昨夜シャンパン飲み過ぎたんじゃないの?なんだか酒臭いよ」
「うるさいわねぇ・・・だったらケーキを食べなさい、むにゃむにゃ・・・」
「負けっぱなしは嫌だって言ったのは、君じゃないか。僕だって朝は苦手なのに、ちゃんと起きて来たんだよ」痩せたカーリーヘアの男が、血圧計のベルトを外しながら言った。
「そもそも俺に勝とうって考えが間違ってんだよ、フレディ・・・フレディ?聞いてんのか、コラァ!」
およそロールスロイスのリムジンで乗り付ける客とは思えないようなやりとりである。
ぶつぶつ言いながらも、3人までは車を降りた。だが、フレディと呼ばれた口ひげの男は、豪華な革張りのシートにしがみついて出て来ない。
「いい加減にしろよ!おい、ジョン、ブライアン、手伝え!」
「よーし!せーのー!」
しかし楽器より重い物を持ったことが無い連中に、大の男を動かすことなど土台無理だった。
すると、頼みもしないのに運転手も手伝い出した。
「いや、重量物を見ると、つい運びたくなるんです」エドウィンは元々、トラックドライバーだった。
4人がかりでやっとのこと、フレディを車から引きずり出した。
「んもうっ!睡眠不足はお肌の敵なのよ!」フレディは、ご機嫌斜めなようだ。
だが、その姿を見てエントランスで出迎えた従業員は思わず後ずさりした。
「ほら、だから言ったじゃないかぁ。そんな真っ黄色のジャージじゃダメなんだよ」アフロ男が言った。だが彼も、ウインドブレーカーこそ羽織っていたが、下はジャージだった。
「何さ、ジョンこそジャージ男じゃないのっ!それにね、私のはジャージじゃなくてスウェット・スーツって言うのよっ!立派なスーツなんだからねっ!」
「どこが立派なんだよ。そんな足首絞ったジャージなんてオヤジの寝巻きじゃねーか」そう言った金髪碧眼の男は、プレイ前から優勝者でもあるまいしグリーンのジャケットを着ていた。
「もしもし、ロジャー?君の着てるジャケット、捨てるとか何とか言ってたヤツじゃないのかい?」カーリーヘアの男が言ったが、彼は彼で、どう見てもレコード会社の販促品としか思えないジャンパーを着ている。
「おう、なんだかんだ言って物持ちいいんだよな、俺って」ロジャーと呼ばれた男は胸を張った。
「単にケチなだけじゃないの?」ジョンと呼ばれたアフロ男が言った。
「おめーにケチ呼ばわりされたくねーよ!いいか、この4人の中じゃ、俺が一番着る物にカネかけてるのは間違いないぜ」
「だからと言って、ケチではないことの証明にはならないと思うよ。この事を証明するには、まず衣装代の総額もさることながら、その数量と単価、それに使用年数も問題になってくるだろうね。そして、総収入額に対して・・・」
「も、もういいから、ブライアン・・・俺はケチで構わないから、なっ?」
ブライアンと呼ばれた痩せた男は口をつぐんだが、まだ喋り足りなさそうな顔をしていた。
「ちょっと、グダグダ言ってないで、早く行きましょっ!」
4人はクラブハウスになだれ込んで行った。
数分後、エントランスに1台のメイフェアが停まった。中には3人の男が乗っていた。
「あーあ、勘弁して欲しいよな。何で俺だけ、ふたりも面倒見なくちゃならないんだよぉ」水木しげる翁が見たら、「まさにこの男だ!」と感激しそうなルックスの男がぼやいた。
「仕方がないだろ、そういうことになってるんだから。文句があるなら作者に言えよ」どこからどこまでが額なのか判別の難しい、落ち武者のような髪型の男が溜息をついた。
ふたりが車を降りると、「それじゃ、僕は車を置いてくるから・・・」残った丸顔の妙に可愛い男は、車を駐車場へ回しに行った。

それから15分後、4人はクラブハウスを出て1番ホールのティー・グラウンド(注:各ホールのスタート地点)に立った。
くじ引きの結果、オナー(注:最初に第1打=ティー・ショットを打つ人、ラテン語で栄誉の意)は、ブライアンとなった。古い暖炉から引っぺがした材木で手作りしたというドライバー(注:長距離用のクラブ)を手に、彼はティー・グラウンドをうろうろと歩き回り、なかなか打とうとしない。
「ちょっと、マギー!何やってるのー?早く打ちなさいよー!」
「静かにしてくれよ。今このホールをどう攻めるか、構想中なんだから」
「ふざけんなよ!そんなの真っ直ぐ打てるようになってから言えーっ!」
ロジャーのひと言はブライアンを苛立たせるのに充分だったが、それでも彼は芝をちぎって風を測ったり、ティー(注:地面に刺してボールを乗せる釘型の道具、ティーペグ)の場所や高さを変えたりと、構想に余念が無い。
「・・・20秒・・・25秒、6、7、8」
「ジョン、あなたいつから将棋指すようになったのよ?」
「いや、別に。ただ退屈だっただけ」
さすがにフレディも、ジャージでプレイはしないようだ。しかし海風は容赦なく吹き付け、彼は毛皮のジャケットを着込んでもなお寒そうにしている。
「とっとと打てー!」
「早くしてよー!」
「そうだ、そうだー!」
するとブライアンは足元からプラカードを拾い上げて掲げた。
“お静かに”
「いい加減にしろーっ!」
「寒くていられないじゃないのーっ!」
「退屈だよーっ!」
返ってうるさくなってしまった。
外野の騒音に耐え切れず、納得が行かないままブライアンはアドレス(注:ショットする際の構え)を決め、クラブを振り上げた。
びゅうっっ!
空気を切り裂く鋭い音がした。
「あ、今のは素振りだからね」
「早く打てー!バカー!」
バカ、と言われては、沈着冷静なブライアンも少しは急ぐ気になった。
再びアドレスを決め、フェアウェイ(注:芝を刈り込んでボールを打ち易くしてあるエリア)をにらみ、ボールをにらみ、またフェアウェイをにらみ、ボールをにらみ・・・・・・。
ジョンはデイリー・ミラーを読み始めた。フレディはアイラインを引き直し、ロジャーは3本目のタバコに火を点けた。
スパーン!
ウッド・クラブ独特のくぐもった音がした。
「ナイス・ショーット!」
丸顔・ジョビーが声を上げた。だが、そんなことをしたのはジョビーだけだった。
ブライアンの打ったボールは、芝の上を這うように真っすぐ飛んで行った。そしてフェアウェイの出っぱりにぶつかり、高く跳ね上がると右に曲がってラフ(注:コース上だが芝を刈り込んでいない部分)に転がって行った。
「おい、ナイス・ショットって、英語じゃ言わないらしいよ」ねずみ男・・・もとい、ラッティがジョビーの横腹をつついた。それを聞いた落ち武者・クリスタルは視線を泳がせた。
「えっ?それじゃ何て言えばいいんだよ?」
「黙ってりゃいいんだよ」
「・・・確かにそうだ」
3人は納得した。どうせ褒められるようなプレイは出来ない連中なんだから、以後プレイヤーを褒めるのはやめることにした。
うなだれてティー・グラウンドを下りるブライアンに代わって、ロジャーが上って来た。
彼は、思い切りティーを高くセットすると(注:距離は稼げるが、方向性は犠牲になる)、タバコを咥えたままブンブンと素振りを始めた(注:本来ならマナー違反)。
「あー、あんまり待たされて、体が硬くなっちまったじゃねーか・・・あちち!」
タバコの火が飛んだらしい。クリスタルが素早く灰皿を持って行き、吸殻を処理した。
「行くぜーっ!」
ロジャーは眉間にしわを寄せると、大きくテイク・バックを取り、思い切りクラブを振った。
パキーーン!
鋭い金属音がしたかと思うと、ボールはシュルシュルと風切り音を立てて左へ飛び、一直線に海へ向かって行った。
誰も何も言わなかった。
「はーい!OB(注:競技エリアの外にボールを打ち込むこと。要するにハズレ)でーす!」
こういう時に平気で本当のことを言うのは、決まってジョンだった。
「くっそー!誰かがノロノロやってるから、こんなことになっちまったじゃねーかよー!」
「人のせいにしないでくれないかな。何でもやればいいという姿勢にこそ、問題があると思うね」
ブライアンにはまだ、何でもやらなきゃ始まらないということが理解出来ないようだった。
「けっ、まぁいいさ。まだ始まったばっかりだからな」
そう言いながら、ロジャーは改めてティー・ショットを打とうとボールをセットした。
「あっ、きれいなおネーチャンがいる!」ジョンが叫んだ。
「えっ!どこどこ!?」
「やーい、引っ掛かった、引っ掛かったー!」
「このヤロー!ひとをバカにするんじゃねーぞ!」
言うや、ロジャーはクラブを振った。
パキーーン!
ボールは見事に真っすぐ飛んで行き、フェアウェイのど真ん中に落ちた。
「へっ、見たかよ。これが俺の実力だぜ」ロジャーは天に向って唾を吐いた。
「何言ってるのよ。ジョンのひと言がなかったら、あなたまたOBになってたわよ」
フレディが手ぶらでティー・グラウンドに上って来て言った。
「ラッティ、ドライバーをちょうだい」
そんなもの自分で持ってティー・グランドに上ればいいのである。しかし、ラッティは黙ってクラブを持って行った。中腰になって、さっとクラブを差し出す。
するとフレディは素早くクラブを受け取り、逆さまに持った。
「レーーーーロ!」フェアウェイに向って声を張り上げた。
「リレレーーーロ!」
驚いた鳥が2羽、飛んで行った。
「リーロレリーーーロ!」
だが、もう何も起こらなかった。
フレディが振り向くと、残りの3人はてんでにお茶を飲んだり、ビールを飲んだりしながらヘラヘラ笑っている。
「あれっ、もう終っちゃったの?」ジョンがビール片手に笑ったまま尋ねた。
「あんたたち!私が観客を盛り上げている間じゅう、そうやってヘラへラしてたのね!」
「別に怒ることないじゃない。ブライアンのソロの時には、フレディだって一緒になってヘラヘラしてたんだから」ジョンは妙な踊りを踊りながら言った。
「あれは仕方がないわよ。長すぎるんですもの」
ブライアンを除いて、その場にいた者全員がうなずいた。
「長くて悪かったね。君の方こそ、さっさと打ったらどうだい」ブライアンは不機嫌そうに言った。
「それも、そうね。ラッティ、ティー・アップしてちょうだい」
そんなこと自分でやればいいのである。しかし、ラッティは黙ってティーとボールをセットした。
「さぁ、行くわよ〜。♪アイマ・ヒットマ〜ン!」
パコッ!
クラブはボールの上を掠り、ボールは10mほど転がってティー・グラウンドの下に落ちた。
「ふん、録り直し・・・じゃない、やり直しよ」
「えーっ!そんなのねぇだろうが!」
「うるさいわね。ライヴ盤だってオーヴァー・ダブするんだから、これくらいどうってことないでしょ」
「それとこれとは別の話だよ。大体、ライヴ・アルバムと言うものは、完全な記録である必要はないんだ。なぜならば・・・」
「はいはい、その話はもう終わり。で、とにかく、打ち直しはダーメ!」なぜかロジャーが仕切らなくてはいけなくなっていた。
「ふん。いいわよ。このままやればいいんでしょ。やるわよ!」
フレディはぷりぷりしながらティー・グラウンドを下りた。入れ替わりにジョンがティー・グラウンドに上った。
ポケットをがさごそ探っている。
「おい、何やってんだよ」
「うん・・・あった!さっきこのティーを拾ったんだ。最新型だよ」
「あーあ、また何か拾って来てるよ」ロジャーは頭を抱えた。
「ゴミ漁りはやめなさいって言ってるじゃないの!」
「別にゴミなんかじゃないよ。使えるものは使えるんだから」ジョンは他人に何と言われようと自分のやり方を変えない頑固者だった。
「へへっ、ボールも拾っちゃったんだ。タイトリストのプレミアム、これって1ダースで80ポンドもするんだよ」
ジョンは拾ったティーに拾ったボールをセットして、鼻歌まじりで素振りを始めた。
「♪さあ 僕の番、しっかり握らなきゃ、遠くまでいかせてよ、不発で終わらせないで〜♪」
「ちょっと、何か歌ってるわよ」
「えっ?いやー、俺には聴こえないね」
「うん、僕にも聴こえないよ、そう、聴こえない、聴こえない」
耳を塞げば聴こえないに決まっている。
「よし、行くよ」
ジョンはきっちりとアドレスを決め、フェアウェイをちらっと見た。
と、その時、目も眩むような稲妻が走り、大きな雷鳴が轟いた。
「きゃーーーーーっ!」
「うわーーーーーっ!」
「ぎゃーーーーーっ!」
その場にいた7人が同時に悲鳴を上げた。
「は、早く帰ろう。ゴルフ場での雷は生死に関わるよ」ブライアンは長すぎる腕を振り回しながら、クラブハウスに向って駆け出した。
ロジャーも、フレディも駆け出した。
ローディーたちも、カートをガラガラ引っ張りながら必死で走った。

ティー・グラウンドにはジョンだけが取り残された。
「ふん・・・もういいよ。誰が・・・誰が君たちなんか必要なもんか」
暗雲の立ち込めた空から大粒の雨が降って来た。
一際激しい雷鳴が、マグネシウムのような白い光と共に響き渡った。
「きゃーーーーーっ!」
ジョンも駆け出した。乙女走りだった。

4人はクラブハウスに戻り、着替えを済ませてロビーに集まった。
「さーて、それじゃ帰るとするかな」
「もう、こんな天気になるなんて、どうして誰も天気予報を確かめなかったのよっ!」
「しょうがないよ。たまには雨も降るんだからさ」
「確かに避けられない災難というものは、あるからね」
「避けられない離婚っていうのも、あるらしいわね」
「うるさい」
「じゃ、ジョン。会計は頼んだわよ」
「僕みたいな人間には金勘定は出来ないからね」
「おう、よろしく頼むぜ。先に車に行ってるからな」
「えーっ・・・」


あれから幾星霜。
もうアフロヘアは望むべくもないが、ゴルフならいくらでも出来る身分になった。
英国内だけでなく、フランスにも、アメリカにも、名門クラブの会員権を持つことが出来た。
道具類も全てカスタム・メイドだ。
しかし、もうあのメンバーで回ることはない。

平和で、そしてちょっと寂しい。

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