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ピーターパンの伝説

Written by まりんのママさん

1.永遠の翼を持つ青年

ここは19世紀のロンドン。ハイドパークのすぐそばにウエンディという女の子が住んでいました。やせてひょろりと背が高く、縮れた黒い髪のウエンディは星の観察とギターを弾くことが大好きで、毎晩夜空を眺めては、物思いに耽るのでした。

今夜は満月。お気に入りのピンクのネグリジェで望遠鏡を眺めていると、ちいさな影がさっと横切るのが見えました。“ふーん..今のはいったいなにかしら..流れ星みたいに光ってたけど変な飛び方だったし..カラスにしては素早すぎるし..スペースシャトル?この時代、まだ飛んでいるわけないしなぁ…”などとあれこれ考え込んでいると、だれかが肩をとんとんとたたきました。

振り向いたウエンディはびっくり。なんとそこには、エメラルド色の帽子にエメラルドの上着、エメラルドの短パンにエメラルドの靴をはいた若者がにこにこわらって立っているではありませんか!《まぁ!いったいどこから入ってきたの?それにしても、なんて素敵な笑顔なんでしょう!》口をぽかんと開けて穴のあくほど見つめているウエンディに、若者は両手を広げてぐるりと回ってみせると、“ぼくが誰だかわかる?”と不思議な声でききました。ウエンディが黙って首を振ると、“僕はピーターパン!君を迎えに来たんだよ。さぁ、一緒にネバーランドへ行こうよ!”と誘うのでした。

《ピーターパンって、背中に永遠の翼が生えているという、決して大人にならないというあのピーターパン?!まさか、そんなのおとぎ話に決まってるじゃない。でも、それじゃ、これは夢なの?》ウエンディがほっぺたをつねろうとしたそのとき、金色に光る小さなボールのようなものが開いた窓からすごいスピードで飛び込んできて、ウエンディの頭のまわりをぶうんぶうんと飛び回り、目の前でぴたりと止まりました。よく見ると、それは、輝く金色の髪にぽっちゃりとした体の、ちいさなかわいらしい妖精でした。夜だというのにサングラスをかけて手には小さなスティックを持っていました。

“もしかしてあなたはティンカーベル?”ウエンディがおずおず聞くと、“あったりまえだろ!さっさと行こうぜ!”と妖精はしゃがれた声で答えました。“まぁ、ティンカーベルって男の子だったのね!でも、どうやって行くっていうの?”“簡単さ、ほら僕のまねをしてごらん”そういうと、ピーターパンはティンカーベルにワン、ツーと合図しました。すると、ティンカーベルは、手にしたスティックで壁やたんすを手当たり次第にたたき始めました。その軽快なリズムに合わせて、こんどはピーターパンがぴょんぴょんと奇妙なステップで跳ねました。するとどうでしょう、ピーターパンは宙に浮き自由自在に飛び回ることができるのでした。

ウエンディは細い手足を精一杯動かして、一生懸命まねてみるのですが、いくらやってもちっともうまくいきません。“あーあ、何やってるんだよ、ったくしょうがねぇなぁ、おい、ピーターパン、あれやってやれよ、ドラゴンの呪文さ!”“そうだね、そうしよう。”ピーターパンは背中にしょっていた4本弦のギターをかかえると、ボボボボボボン…と弾き始めました。それに合わせてティンカーベルがもっと激しいリズムを叩きながら“真っ赤な部屋に連れてって、緑の部屋に連れてって”とハスキーな声で呪文を唱えました。それを聞いていると、ウエンディはどきどき、むずむずしてきて、思わず愛用の赤いギターを手に取りギュイーンとかき鳴らしました。その瞬間、ウエンディの足は宙に浮き、ふらふらしながら飛び始めたのでした。“よし、やったぜ!”“さぁ行こう!”ピーターパンに手を引かれ、ウエンディは窓から飛び出しました。

2.フック

3人は夜じゅう空を飛んでネバーランドという島へ着きました。 ネバーランドには大人になりたくない子供たちが大勢いて、ピーターパンの帰りを待っていました。ギターのうまいウエンディはたちまち子供たちの人気者になりました。あんまりみんなにもみくちゃにされたので、お気に入りのウサギのスリッパを片方無くしてしまったほどでした。

3人は毎日一緒に演奏しました。心優しいピーターパンと陽気なティンカーベルは息がぴったりあっていて、二人と一緒にプレイするとウエンディのギターも一段と引き立つのでした。けれど、ときどきピーターパンが寂しそうな遠い目をしているのを、ティンカーベルは知っていました。

その日も、3人は夜の更けるまで演奏を続けていました。なにしろここには早く寝なさいと叱るママはいないのですからね。
そんな彼らを大きな木の陰からそっと見つめる人影がありました。肩までかかる黒い髪、きらきら光る黒いひとみ、厚い口ひげの下から白い歯がのぞいていました。頭には大きな羽の着いた黒い帽子をかぶり、すらりとした足には白いタイツをはいていました。彼はフック。彼の左手は手首から先が無く、かわりに黒い鉤爪がついていました。

フックはちょうど1年前のあの日のことを思い出していました。そのころ、フックはまだネバーランドに住んでいて、ピーターパンと仲良しでした。ピアノが上手なフックは、毎日ピアノを弾いては素敵な声で歌っていました。もちろんピーターパンとティンカーベルも一緒です。控えめなピーターパンは歌うことはありませんでしたが、いつでもフックの歌にあわせて4弦のギターで心に響く、やさしく美しいメロディーを奏でました。フックはそんなピーターパンが大好きでした。

その日は、新しくネバーランドのメンバーになったエマちゃんの歓迎会の日でした。いつも以上に張り切っていたフックは、ピーターパンの、いつも同じエメラルドのシャツが妙に気になりました。“ねぇピーターパン、今日は僕の選んだこのシャツを着てくれない?ほら、すごく素敵だよ!ねぇ、ティンカーベルもそう思うだろ?いつもの帽子も脱いでさ、こんなにきれいな栗色の髪じゃないか。”嫌がるピーターパンをむりやり押さえつけて、白い首すじには黒いリボンをちょうちょにむすびました。できあがったピーターパンはまるで美しい貴公子のよう。《あぁ、思った通りだ!!》すっかり満足したフックは、演奏の間中、ピーターパンがいつになく伏目がちで、元気が無いのに気付きませんでした。最後の曲が終わり、観客に手を振りながら帰ってきたフックを、ピーターパンは上目遣いでぐっと睨み付けました。黙って首のリボンをむしりとりシャツを脱ぎ捨てると、そのままくるりと背中を向けて、すたすたと歩いていってしまいました。“どうしたのピーターパン?あんなに素敵だったのに、何を怒っているの?”と、あわててフックが追いかけると、“あんなの僕らしくないよ、僕は特別なのはいやなんだ。いつもの僕でいたいんだよ!”と言い残して夜の中に消えていってしまったのでした。

夜も更けて、眠れずに寝返りばかりしているフックのところに、ティンカーベルがやってきました。“フック、ピーターパンはそうとう怒ってるぜ。君があんまり無理に押し付けるからさ。もうフックの顔なんか見たくないって言ってたぜ”そういうと、青い大きな目でバチンとウインクをしてティンカーベルは消えてしまいました。その夜以来、フックは島を出て、沖に停泊している海賊船に引っ越してしまったのでした。何度もピーターパンに話し掛けて謝ろうと思ったのでしたが、あんなことでそんなに怒るなんて、ピーターパンもおかしいよと思うと、こちらから話し掛けるのはフックのプライドが許さないのでした。

3.再会

実はあの夜、ピーターパンはそんなに怒っていた訳ではありませんでした。《フックはなんにでもすぐ夢中になってしまうんだもの、言いだしたら聞かないんだから。でもそこがフックのかわいいところさ..》そう思いながら、すやすやと寝てしまったピーターパンを見て、やきもちやきのティンカーベルがいたずらしたのでした。

ピーターパンは、ネバーランドから姿を消したフックのことがとても心配でした。ある日、海賊船を覗いたピーターパンは、フックの左手を見てそれはそれはびっくりしました。華麗にピアノを弾いたあの左手が、いつも黒いマニュキアを塗っていたあの左手が醜い鉤爪に変わっていたのです。《あぁ、フック!君になにがあったんだい?それを見られたくなくて僕たちの前から姿を消したんだね。》ピーターパンは唇をかみ締めました。《わかった、僕は君をそっとしておいてあげるからね。》それから1年、二人はもう顔を合わせることはありませんでした。ことの真相を知っているのはティンカーベルだけでした。

木の陰から演奏する3人を覗きながら、フックは無意識に左手の鉤爪をはずしていました。するとその下からきれいな指があらわれ、ピアノを弾くようにすばやく動き始めたのです。ネバーランドを出たその日から、自分で封印していた左手でした。またみんなといっしょに歌いたい!フックは心の底から思いました。

夜も更けて、どうやら3人の演奏は終わったようでした。フックが首を伸ばして様子をうかがうと、ちょうどピーターパンの体がぐらりとゆれて、あたまからまっさかさまに客席に落ちて行くのが見えました。子供たちに取り囲まれたピーターパンはピクリとも動きません。フックは思わず飛び出していき、横たわるピーターパンを抱き上げました。

“うーん、むにゃむにゃ、フック、フック、もう一度歌ってよ… むにゃむにゃ”なんと、疲れたピーターパンは眠ってしまっていたのでした。エメラルドの帽子がぬげて、ふわふわの髪が白い額とりりしい眉にやわらかな影を落としていました。さっき落ちたときにぶつけたのか、鼻のてっぺんが赤くなっていましたが、それすらもいまのフックにはいとしく思えました。“あぁピーターパンきみはなんて、なんて..”思わず唇をよせたフックのひたいに、バチンとティンカーベルの投げたスティックが命中しました。

“あーん、いいとこなのに、君はいつだってじゃまするんだから!”そのとき、フックに抱かれていたピーターパンがゆっくりと目を開けました。エメラルドの瞳が、最初はぼんやりと、やがてきらきらと輝き、大きく見開かれました。“フック!フック!とうとう帰ってきてくれたんだね。待っていたんだよ!また、僕らのために歌ってくれるんでしょう?僕は、僕は君じゃなきゃだめなんだ。他の人がどんなに上手に歌ったとしても、やっぱり僕には君しかいないんだよ!”ふたりはしっかりと抱き合いました。

それから、フック、ピーターパン、ティンカーベル、ウエンディの4人は仲良く演奏を続け、たくさんの美しい曲を作りました。4人もいつかは大人になってこの島を去り、離れ離れにならなくてはいけないのかもしれません。でも、今、彼らは幸せでした。フックの歌声はネバーランドから世界中へと響き、聞きたい人は誰でも耳を澄ませば聞くことができました。ただし、心に永遠の翼をもっている人にだけ、ですけれど....。

         おしまい

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