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FLY ME TO THE MOON編

Written by Syo-koさん


「…ハロルド遅いなぁ。早くしないと紅茶が冷めるのに」
部屋の入口と湯気の上るティーポットに何度も目をやりながら、フレデリック王子が言った。
「そう言えば、昨日も遅かったですよね?一体どうされたのでしょうか」
「ハロルド兄貴の事だから、また何かの研究に没頭してんだろ」
ちょうどお茶の時間である。ところが、ハロルド王子がいつまで経っても現われない。
「僕、ちょっと様子を見てきます」
「いいよ、俺が行く。…ハロルド兄貴は一度集中すると、大声で怒鳴らないと
気が付かないからな」
席を立ちかけたリチャード王子を制して、メドウズ王子が部屋を出た数分後。

ちゅどおおおおおおおおおおおおおんっ!!!

「な、何だい?今の音は?!」
「ハロルド兄上の部屋の方から聞こえましたよ!」
慌ててハロルド王子の部屋へ行ってみると、部屋の扉は吹っ飛び、中から煙が立ち込めていた。
そして床にはメドウズ王子がのびていた。
「兄上っ!大丈夫ですかっ?一体何があったのです?!」
「…わかんねぇ。ドアを開けようとしたら、いきなりどか〜んっ!って」
「ハロルドっ!おーい、ハロルド!返事をしろっ!!」
フレデリック王子が大声で叫ぶと、中からすすだらけになったハロルド王子が現われた。
「ゴホッ、ゴホッ、…すまん、ちょっと実験に失敗したみたいだ」
「ハロルドっ!なんて姿に!!髪なんかこんなにグシャグシャじゃないか!!」
「これは最初からだよ」
「あ、そうか」
「それはともかく、一体何やってたんだよ?!」
ようやく平静を取り戻したメドウズ王子が尋ねる。
「いや、それが…、そのぅ…、つまり…」
「ハロルド、それじゃ何があったのか解らないじゃないか」
「それとも、俺達には言えないってのか?」
「隠し事なんて兄上らしくありませんよ」
「すまない、隠すつもりは無かったんだが、じつは…」
兄弟達に問い詰められたハロルド王子は、ようやく重い口を開いた。

「月へ行くだってぇ〜っ?!」
話を聞いたメドウズ王子は素っ頓狂な声を上げた。
「本気ですか、兄上?」
「ああ、もちろん」
「ハロルド、月って近いの?」
…ずっこける三人。詳しい説明をリチャード王子にまかせて、メドウズ王子が続けた。
「でも、どうやって?月に行くったって、そう簡単には…」
「方法は考えている。…ちょっと僕について来てくれないか」
ハロルド王子の後について城の地下へ降りてみると、そこには銀色の大きな筒のような物
が置かれていた。
「これは?」
「月へ行く船さ。半年がかりで作ったんだ」
「僕達の知っている船とは形が違いますね」
「でも、なんでまたそんな事を思いついたんだい?」
不思議そうに船を見つめていたフレデリック王子が尋ねた。
「夢だったんだ。望遠鏡で夜空を眺めるたびに、いつか月に行きたい、月に降りてそこか
ら世界を見つめてみたいとずっと思っていたんだ。その為に研究を重ねて作ったのがこれ
さ。…バカな夢だけどね」
「そんな事ありませんよ、とても素晴らしい夢じゃないですか。僕には天文学の見識
はありませんが、出来る事なら手伝わせて下さい」
「…俺さぁ、一度月の女神に会ってみたいなぁって前から思ってたんだ。船の作り方は解ら
ないけど、操縦ならまかせてくれよ」
「ハロルド、この船に名前はつけたのかい?」
「いや、まだだけど」
「それなら、月の女神にあやかって「レディムーン」にしようよ。
きっとその名の通り月まで飛んでいけるよ」
「ありがとうみんな、とても嬉しいよ。…ううっ」
「おいおい、今から泣いてどうするんだよ」
「すまない、つい…」
「さて、そうと決まったら、早速みんなで手伝うぞ!!」
「おうっ!!」

兄弟たちの協力のかいあってか、レディムーンはめでたくテスト飛行の日を迎えた。
「メドウズ、操作はしっかり覚えたか?」
「バッチリだよ、まかせとけって。…いよいよ女神様とデートかぁ」
「まだテストだっていうのに気が早いな」
メドウズ王子がハッチを閉めるのを確認すると導火線に火が灯され、数秒後、轟音と共に
レディムーンは上昇を始めた。
「もうすぐ僕の夢が現実になる」
「良かったね、ハロルド」
空を見上げる二人を笑顔で見守っていたリチャード王子は、足元にネジが
転がっているのに気付いた。
「兄上、このネジはなんです?」
渡されたネジを調べるうちに、ハロルド王子の顔から血の気が引いていった。
「内部に使っていたネジが外れてる…」
「ええっ?!」
「まずいっ!すぐ中止させないと…。おーいっ!メドウズっ!!すぐに降りてこーいっ!!」
「にこやかに手を振ってる場合じゃないだろっ!降りて来いったらっ!!」
「兄上っ、あの高さではこちらの声は聞こえませんよっ!!」
「それじゃあ…」
真っ青になった三人を尻目にレディムーンは上昇を続け、そして…。

その日、クイーンズロックの住民の間には謎の「爆発」の噂がもちきりになっていた。

「…女神様とのデートはお預けか」
「打撲程度で済んだだけでも良かったじゃないですか」
「…レディムーンは粉々。そのうえ弟にはケガをさせるし、…僕はもうおしまいだ、
オールデッドだぁっ」
もうすっかり、お通夜の席のようになってしまったハロルド王子だった。
そんな彼の様子を見かねてフレデリック王子が言った。
「ハロルド、いつまでも落ち込むのは良くないよ。メドウズだって無事だったんだし」
「でも…」
「人間、失敗はつきものだよ。みんなそうして賢くなるのさ」
「そういう事。めげてる場合じゃないぜ」
「もう一度やりましょうよ。兄上の夢なのでしょう?」
「みんな…」
「ほら、見てごらん、月が出ているよ」
見上げると、空には見事な満月が。
「女神様も俺達の事見てるのかな?…見てろよ、次は絶対行くからなっ…いててっ!!」
「兄上、無理をしてはいけませんよ」
「本当にメドウズは気が早いな」
ようやく笑顔をみせたハロルド王子だった。

窓の外では、四人を見守るように月が優しい光を放ち続けていた。

♪Oh Lady Moon shine down a little people magic if you will…


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