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穏やかな午後のひととき。 広い庭園の片隅で、リチャード王子は読書に耽っていた。 口の端に笑みを浮かべつつ無心にページをめくる姿は そのまま一枚の絵に収めてしまいたくなるほど叙情的だったが、 よくよく本の題名を見ると「株取引・プロの業」と書いてあったりもする。 (そろそろダイヤ鉱山の株をなんとかしないとなあ。 …あんまりつり上げると買い手がなくなるし…) ぼんやりそんなことを考えながら読んでいると、ダイヤ柄のタイツが 本の上に現れて、彼は飛び上がった。 「へいへいへーい、何をそんなに驚いているのさ。僕じゃないかぁ」 タンバリン片手に踊り出たのは、黒と白のダイヤ柄タイツとバレエシューズに 身を包んだフレデリック王子だった。 「…そ、そのタイツ姿は、いったい何なんですか」 当惑気味の弟の問いに、彼は胸をそらして答えた。 「これ、いいだろ?スリムな僕のボディーラインが露わになって。 こんどの音楽会にはこれを着るんだ。一緒に「ライアー」をしようね。 そんな退屈な本読んでないで、ほら、後半やってみようよ。 さん、はい、「おーでろーん」!」 「ちょ、ちょっと…今はやめましょうよ…ね?」 リチャード王子がすり寄って来る兄から逃れようと立ち上がったその時、 彼らの頭上で何かがボンっと弾け、白い煙がもくもくとでてきた。 (うっ…これは…催眠ガス?) 不意をつかれてばったりと倒れる二人。 「ふははは、うまくいったぞ」 茂みから黒装束の男達が出てきて、二人を取り囲んだ。 ボスらしき男が命令する。 「フレデリック王子を連れ出すんだ、早く!」 「はあ…しかし、どっちが王子で?」 「ばかもん、こっちは道化師にきまってるだろうが。さっさとやれ!」 男達はフレデリック王子を無造作にひとまたぎすると、動かぬリチャードの方を 抱えあげ、その場を後にした。 「兄貴…兄貴ったら!しっかりしてくれよ!なあ、兄貴ぃ!」 「ううーん…」 メドウス王子にゆっさゆっさと揺さぶられて、フレデリック王子は 目を覚ました。自分の部屋に寝かされていたらしく、そばには心配そうな ハロルド王子の姿も見える。 「僕…どうしちゃったんだろう」 「知らねえよ。庭を通りかかったらさ、ぶっ飛んだタイツ姿で 倒れてたんだから。おまけに株取り引きの本なんか手にしちゃって。 そんなの読んでたから失神したんじゃないのか?」 「株…それはリチャードの本だよ。…はっ、彼は…彼はどこ?」 「そういえば、姿が見えないなあ。ま、彼はいつもふらふらしてるから、 その辺にいるんじゃないかな」 「ハロルド兄貴にそんなこと言われたくないだろうけどな、リチャードも」 「余計なお世話だ。僕の場合は瞑想に耽っているんだよ。瞑想というのは、 そもそもね…」 ハロルド王子の長い講釈が始まりかけた時、蒼い顔のビーチ大臣が飛び込んできた。 「大変です、フレデリック様がぁ!……おや? これは一体…」 「どうしたんだい大臣。僕ならここにいるけど」 「たった今、こんな書状が届いたのです」 『フレデリック王子は戴いた。これでクイーンズロックは我々の物だ』 顔を見合わせる4人。 そのころ、リチャード王子もまた、薄暗い部屋で目を覚ましていた。 両手両足はぐるぐる巻きにされている。 「ようやく気がついたようですね、フレデリック王子」 いかにも悪者です、といった風情の男が数人の部下を従えて彼の前に立っていた。 「クイーンズロックの後継者をこんなふうに簡単に捕らえられるとは、 私の腕も捨てたもんじゃないですな、ふっはっはっはっ」 リチャードは男の大いなる間違いに笑えてきたが、神妙な顔を取り繕った。 しかし普段でも笑っているような顔のせいもあってうまくごまかせず、男は それを侮辱と受け取ったらしい。額に青筋が表れた。 「私は知っているのですよ、貴方の歌声が持つ不思議な力を。 貴方の歌は世界を動かし、人々を鼓舞するパワーを持っている。 もう貴方は私の物だ。さあ、うちの兵士達に向かって歌ってもらいましょうか」 「僕は歌えない」 あっさりとしたリチャードの返事を聞いて、額の青筋が二本になった。 「強情な方だ…命が惜しくないとでも?」 「歌えないんだ」 男はぐいっと彼の胸ぐらを掴んで詰め寄った。 「命をなくすのは貴方だけではない。罪もない民衆が犠牲になるのだ。 それでもいいというのか? 血も涙もないのか貴方は? 言うとおりに歌うんだ!」 (そんなこと言われても…歌えないんだから仕方ないじゃないか…) 勝手に熱を帯びてくる男の言葉と態度に辟易しながら、彼は再び首を横に振る。 「人をバカにしおって…痛い目にあわせてやる」 男のナイフが顔に近づいてきて、リチャード王子は目をぎゅっと閉じた。 と、そのとき。 い〜ぶらひ〜ぃむ、いぶらひぃぃぃ〜む…♪ 力強い声がどこからともなく響いてきた。 「な、何者だっ!」 壁に映ったスリムなシルエットが高らかに答える。 「僕の声が聞きたいのなら、いくらでも聞かせてやるよ。 冥土の土産にもっていくといい!」 あっらあらあらあら〜うぃ〜ぷれぇ〜いふぉゆー…♪ 「ヘイ!」 かけ声と共に現れたのはメドウス王子率いる軍隊である。 「おぉらぁぁ〜、いっくぜぇー!」 フレデリックの歌とメドウスの叫び声にまたたくまに追い詰められる男達。 「ひ、引け〜っ!」 おじけづいて逃げまどう連中に追い打ちをかけるように、ハロルドの愛器から 発せられる電撃ショックがダメ押しで襲いかかる。 ぎゅいーん、ぎゅいいいーん、ぐわーんわんわんわん 「うわぁぁ〜やめてくれ〜」 男達はその場にばったりと倒れ伏し、実にあっけなく幕が閉じた。 「なんだ、つまらないな。これからソロに入るところなのに」 「僕はいいですってば…!」 「何言ってるのさ、君だって歌くらい歌わなきゃ、僕の身代わりは務まらないよ!」 「…(別に、身代わりになる気はないんだけど)」 「たとえ下手でも歌ってるうちに慣れてくるものだよ」 「そう、聞いてる奴らがな。(ギュイーン)な、なんだよハロルド兄貴ぃ。 耳元で鳴らすなよぉ」 「まだ鳴らし足りないんだ」 この後、王子達の音楽会にはマイクが4本用意されることになるのだが、 そのうちの1本はなぜかいつも電源が切れているとのもっぱらの噂であった。 だがごくまれに、演奏を聞いた女官たちの次のようなコメントも存在する。 「今日の王子様たちのコーラス、変だったわよねえ」 「ええ、ちょっとずれてたわ。なんだか不協和音が入ってるみたいな感じ」 |
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