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焼き鳥屋ジョンさん

Written by 黒とかげさん・Adapted by mami

「お疲れさまでした、お先に失礼しまーすっ」
いつも通りの挨拶をしてお店を出るアタシ達に、店長はカウンターの奥で軽く頷いた。
「なんか最近暗いですよねー、店長」
並んで夜道を歩きながら、Naoさんがぽつりと言い、ぼーいんぐさんが受ける。
「まー、妙にハイテンションになられても困るんだけど、あの暗さは客足に
影響してるよね。やっぱり、あのヒトのせいかもよ」

そう、あのヒトのせいだ。アタシも隣りで頷いた。
いるだけで、うらぶれた焼き鳥屋がパラダイスに変わっちゃうような華の持ち主。
名は…フレディ。
なんでも修行時代からの付き合いらしいけど、あんな華やかなヒトがうちの店長
みたいなのに目を掛けてるってのがアタシ達には分からない。とはいっても、
アタシ達3人とも店長にゾッコンで、ボランティア並みのお給料でも嬉々として
働いてるんだけど。
フレディは、以前はよく店に現れては新しい料理のアイディアをぽんと差し出し、
店じまいした後の誰もいないカウンターで仲良く2人で談笑していたものだった。
店長の嬉しそうな顔を見ているだけでアタシの食器洗いの手も弾んだというのに。

牧歌的な光景は、あの女性が来てから変わった。
ある夜フレディと一緒に店に来た、胸の大きな、賑やかな女性、バーバラ。
男のお客さんは彼女をちらちらみて喜んでたけれど、フレディがお目当てらしい
常連のスクウィーキーさんやYuriちゃんは、彼の輝く瞳を独占している女性に
ムッとしていた。
そして店長は、いつもどおり静かに内輪を煽いでいたものの、ポーカーフェイスに
拍車がかかっていた。あれはおおいに気になっている証拠だ。アタシには分かる。

ここしばらく、フレディも彼女も姿を見せていない。
「このごろ、あのヒト来ませんね、店長」
ああ、また。
店長の表情が一段と無くなる台詞を常連さんが口にし、アタシ達はびくっとする。
「どうしたんでしょうねえ。もう、来るの止めようかな〜」
皆同じことを言う。フレディとその取り巻きが目当てで来ているお客が多いのだ。
「そうおっしゃらずに、また来て下さいよぉ。寂しいじゃないですかあ。
それに、店長また新作をこしらえたんですよ。ね、店長。味見してもらったら
どうですか」
機転を利かせたぼーいんぐさんが新しいお銚子を持って行きながらカウンターの
向こうに声をかけた。
「いや〜…あれはまだ、試作の段階だから…」
煮え切らない店長の返事には訳がある。
店長は新作の試食をフレディに頼んでいた。ある日の閉店後、アタシ達が掃除している
合間に電話をかけていたのを知っている。留守電だったらしくて、緊張しながら
メッセージを入力してる店長の背中が愛しかったもの。

でも、フレディは来てくれなかった。
彼のOKが出ない限りは…という店長のけなげな気持ちはよおく分かったけれど、
かれこれ2週間も音沙汰無しだと、どんより諦めの気分になってくるというものだ。

「店長、私達がお手伝いしますから、新作を完成させて下さい!」
アタシ達を代表して提案してくれたNaoさんの言葉に、店長は渋々首を立てに振った。

でも、翌日店に来てみると、入り口にそっけない張り紙があった。
『バリ島に行ってきます』
店長がパスポートをちゃんと持って空港へ向かったことを祈りつつ、アタシ達は
溜め息を吐いた。

しばらくして、文字どおり一皮剥けて戻ってきた店長とアタシ達は、かねてからの
新作をようやく完成させた。趣向はいつもと違うけど、お客の評判もまずまずだ。
そして、ある夜、待ちに待ったあのヒトが現れた……。

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久しぶりに店に入ると、いつもと変わらない穏やかな喧燥がフレディを迎えた。
壁に貼ったメニューの所に新しい名前の料理があったので驚きながら、焼き鳥を
焼くジョンの前のカウンターの席にフレディは座る。

「何で連絡してくれなかったの?」
「留守電に入れましたよ」
焼き鳥をひっくり返しながら、ジョンは答えた。
「知らない、バーバラも何も言わなかったし、そんなメッセージなかった」
「……」
「バーバラが消したのかな?」
「…食べてみます?新作を」
「あっ? あぁ、じゃ、いただこっかなぁ」

ジョンは近くにいたmamiに料理を出すように頼んだ。
やがて料理が出てきた。一口食べたフレディは満足げに頷く。
「うん、おいしいな」
「今回はmamiちゃんたちに、協力してもらったんです」
ジョンが内輪をあおぎながら言った。
「へぇ〜、そうなんだ」
フレディはもくもくと食べ続ける。

そして全部食べ終わったと、ほぼ同時に携帯が鳴った。
「はい。…ああ、バーバラ。何だい?」
しばらく話してから電話を切ると、「もう帰るよ」とフレディは席を立った。
「へいっ、毎度!」
ジョンは笑顔で言う。
「ぼーいんぐちゃん、よろしく」
「はーい」
ジョンは何ごともなかったように焼き鳥を焼き続けている。
フレディはそんなジョンをしばらく眺めていたが、やがて、ぼーいんぐの後を追った。

(これからは、フレディに頼らずにやっていかなくては。家族もいるし)
(でも、寂しくなるな。彼のいない人生なんて…)
ジョンは心の中で呟いてから、あわてて否定した。

それから3日後の夜、フレディが店の前に車を止めて降りた。
後部座席にはバーバラがいる。フレディの手には大きな封筒が携えられていた。
「やあ、君」
ちょうど店に入ろうとしていたスクウィーキーは、意中の人物に声を掛けられて
凍り付いたように立ち止まった。
「これをジョンに渡してほしいんだ」
こくんと頷いて封筒を受け取った彼女に軽くウインクすると、フレディはさっと
車に乗り込んで行ってしまった。

「ありがとう。あなたのおかげで、フレ様に話しかけてもらっちゃった」
店に入るなり、スクウィーキーは上機嫌でジョンに封筒を手渡した。
彼はちょうど焼き鳥が焼き終わって、それを皿に乗せてカウンターの上に置いている
ところだった。
「…? ありがとうございます」
彼はすぐに封筒を受け取ろうとしたが、指に焼き鳥のタレがついていたので、
手を洗わずにぺロっとなめた。
(うん、いつもの味だ)ジョンの癖である。
「あのフレディからよ」
封筒を手渡すと、スクウィーキーは仲間の待つテーブルに消えた。

ジョンは封筒を空けて中身を取り出した。
レポート用紙数枚、きちんと左上をホチキスで留めてある。
字はちゃんとフレディの字だ。
焼き鳥の注文がないのをいい事に、ジョンはその場で読み始める。

それは、店で出す料理のアイデアだった。
(…ふかひれだの、キャビアだの、そんなの焼き鳥屋で出せないよ…)
ジョンは苦笑いを浮かべた。

『次にあげる料理は、俺が日本好きで何度か旅行している間に出会ったものだ。
もしも興味が湧いたら、多分どんな料理か分からないのも出てくると思うから、
その時は親方に聞いておくれ。1.テンプラ 2.すきやき 3.すずめ焼き 4.お茶漬け
5.常夜鍋 6.おでん 7. ……』

ジョンが知っている料理もあれば、全然想像もつかないものも出てきた。
そして最後にこう記されていた。

『この間は、新作料理作りに参加できなくてすまなかった。どうもバーバラが
留守電を聞いて消してしまったらしい。最近色々と忙しくて、君の店に、いや君に
会えなくて寂しくて、毎日車で店の前を通っていたんだ。それを知ったバーバラが
嫉妬したらしい。ちゃんと説明したんだよ、「ジョンとはプラトニックな関係だ」ってね』

(へっ?)ここでジョンは考えた。
(これって、なんか「付き合っているけれど、肉体関係はない」と言っているのと
同じじゃない? …おいおい、いつから付き合っていることになってるんだ?
僕には妻も子供もいるんだよっ?)
そう思いつつも、ジョンは先を読んだ。

『そんな訳で君に被害が及んでしまった。どうも僕の説明不足だったようだ。
あんまりひどいようなら、バーバラとは、きっぱりと別れるから安心してくれ。
愛しているよ、ジョン』

「…これって、もしかしてメアリーと同じ状態?」
ジョンはぽつりと呟いた。しかし、顔も耳も真っ赤だ。何だかんだ言っても、
やはり嬉しい。
「すみません。タンの塩一人前お願いしま〜す」
Naoが客の注文をジョンに伝えた。が、ジョンはレポート用紙の、ある一点を
食い入るように見つめていて、彼女の言葉が届いていない。
「店長、注文です」
見かねたmamiが声をかけると、彼は我にかえって聞き返した。
「えっ?あっ、あぁ…ごめん。注文は何?」
「タンの塩一人前です」Naoが答える。
「了解」
ジョンは返事をすると、レポート用紙を封筒へ丁寧に入れた。
どこに置くかでしばらく悩んだ結果、神棚に置くことに決め、封筒を神棚に乗せると
手をパンパンと叩いてしばらく拝んだまま黙とうした。

(家内安全。商売繁盛。健康第一。そして大切なあの人に幸あれ…。
たまには顔が見られますように…)

顔を上げたジョンの顔はもう赤くない。表情もひきしまっていた。
「店長、一体何が書いてあったの?」
気になった客が焼き鳥に取りかかったジョンに興味本位で尋ねた。
「んっ?いゃ〜〜〜」
そうジョンが答えて、この話は終わった。

それから1、2週間後。フレディが1人で店を訪れた。
ドアを開けると、「へいっ、いらっしゃい!」とカウンターからジョンの声がし、
フレディは片手を軽く上げて挨拶する。
ジョンがいつもより、にこにこしているように、フレディは感じた。
「?」
フレディは首をかしげた。
ふと店内を見回してみると、いつもよりも客が増えているような気がする。
ジョンに視線を送ると、内輪を扇いだまま彼は壁に貼ってあるメニューを指差した。
つられてメニューを見る。

そこには、フレディがレポート用紙に書いた日本の料理が、品数はまだまだ少ないが、
しっかりとメニューに載っていた。
「おぉっ!」
フレディは喜び、ジョンを見た。しかし、ジョンはまだ指差したままだ。
「?」
もう一度メニューに目をやり、よくよく見てみると、レポート用紙に書かれた料理の
名前の、一番最後の所に【フレディ&ジョン共作】と書かれている。

「あぁっ!」
フレディは驚いた。
「あ…あれは?」
客に料理を出すために通りかがったぼーいんぐに、フレディは尋ねた。
「あれ、実は店長がどうしても、と言って載せたんですよ。店長の性格が出てますよね。
いや〜、惚れ直しました。あの時の封筒って、こういうことだったんですね」
「あ…あはは〜〜、まあね」
「実は、店長あれから時間さいて毎日親方の所へ行って、料理を教えてもらってるんですよ」
「そうなんだ。ありがとう。いそがしいところ」
礼を言うとフレディは、じーとメニューに載っている二人の名前を見つめた。
とても嬉しそうだ。
やがて少々照れながら、ジョンを再度見た。
焼き鳥を焼いている為、前屈みぎみで表情は見えないが、ジョンの耳は真っ赤に
なっていた。

その場にいた、やはり常連でフレディとジョンの親友ロジャーが陽気な声を上げた。
「おっ、フレディ久しぶりだな。元気だったかい? ジョンがほらっ、あそこに
君の名前載せてくれたんだよ、良かったな。よ〜し、今日はフレディもいるし、
皆で祝おうじゃないかっっ!」
「おぉ〜〜〜!」一部で反応し、場が盛り上がった。
「ジョン、いいよな?」
ロジャーがカウンターのジョンに声をかけると、彼は焼き鳥を焼く熱で額に汗を
浮かばせつつ、口角を上げて微笑んだ。
「よしっ決まり。フレディ、一緒に飲もう」
ロジャーはフレディを手招きした。
ジョンは微笑んだ後、ズボンの後ろポケットから携帯を取り出し、自分の家に
電話をかけた。ロジャー達が宴を始めると、それは閉店後も続くからだ。
「帰るの、いつもより遅くなるから」
電話に出たヴェロニカに告げて、ジョンは仕事に戻った。

…やはり、皆閉店時間になっても帰らなかった。
閉店時間で一般客が帰り、いつもの飲み仲間のみになると、ジョンは、取りあえず
洗い物を終わらせ、mami達と一緒に宴に入った。
カウンターの席に座った彼は、たまに料理やお酒を頼まれると、それに答えた。

やがて、「二次会に行く」「もう帰らなくっちゃ」などと言って、店を出て行く
ものが現れ、mami達も、途中で帰っていった。
1人減り、5人減り…と、どんどん参加者が減ってゆき、空が明るくなる頃には、
フレディやロジャー等の、いつもの特に仲が良い、酒好きの仲間だけが残った。

そしていまや1人を残して、皆酔いつぶれて眠っている。
その1人とは、ジョンだった。
実は、飲むお酒の量を控えていたのだ。自分以外の、最後の1人が眠りにおちて
からも、ジョンはしばらく煙草を吸いながら、カウンターでバイクの雑誌を眺めていた。

「…もうそろそろ、いいかな…」
ジョンは雑誌を閉じると静かに立ち上がった。
カウンターの前のテーブルの端に座って、テーブルに突っ伏して眠っている
フレディの所まで静かに歩いてゆく。
「フレディ?」
フレディの肩に手をかけて、軽く揺すってみる。
「う〜ん…」彼は唸ったきりだ。
「ありがとう。嬉しかったよ」
そう言ってジョンは、眠っているフレディの頬にくちづけをした。
と、ガバっとフレディの腕がジョンの首に巻き付いた。
「ぎゃっ」
ジョンは驚いた。
「どういたしまして」
同じくフレディが、ジョンの頬にくちづけをした。
「あっ、あのさ、一つ、聞きたいんだけど。僕達いつから付き合ってる事になってたの?」
ジョンは顔を真っ赤にさせて、フレディの腕の中でもがきながら聞いた。
「ん〜〜〜。それは難しい質問だな…」
フレディは考えながら答える。
「親方の店に行って、初めて修行中の君を見た時から、俺は惚れてたし…
君はいつからなの?」

しかしジョンは答えなかった。
「あれっ? 違った? 俺、そのつもりだったけれど…?」
フレディはジョンから腕を外した。
「…そうだよね。君には奥さんがいて、子供もいる。俺には、バーバラや
メアリーがいる。それにプラトニックな関係なんて嫌だよね。ごめん、悪かった。
これからは親友と言う事にしよう」
早口でこう言うなり、フレディは飲みかけの酒を一気に飲み干した。
「…でも、あのメニューの名前は、頼むからあのままにしておいてくれよ。
君と俺の名前が一緒に並ぶなんて、滅多にないし、これからもないと思うから」
うーんと背伸びをしてフレディは立ち上がった。
「帰らなくっちゃ。バーバラが待っている」
隣のロジャーを揺すりながら、彼は大きな声を出して皆を起こそうとした。
「ほらっ、起きて〜〜〜!帰るよぉ〜〜〜!!!」
バーバラと聞いて、ジョンの胸がぐさっと痛んだ。

「フレディ」
ジョンは口を開いた。
「…僕も…君を…愛しているよ…」
はっと振り返り、フレディはジョンを見た。
「やっと自分の気持ちが分かった。うん、僕も君と同じぐらい…、たぶん
出会った時から…」
フレディの目が潤んだ。そのままジョンに抱きつこうとするが、
「う〜ん」
別のテーブルで熟睡していたブライアンの声がして、2人ははっとして目を合わせた。
「なんか今大きな声が聞こえたけれど…?」
ブライアンが目をさまして、目を擦りながら言った。
「帰るよって言ったんだ」
フレディは邪魔されてムッとしながら答えた。
「えっ?あぁ、もうこんな時間か…」
ブライアンは腕時計を見た。
「ジョン。お勘定お願いね」
フレディはいつもの口調でジョンに言った。
「はい」
ジョンは返事をして伝票が置いてあるカウンターまで歩いてゆく。
そしてフレディが取りあえず勘定を一括で払っている間に、叩き起こされた皆は
外へ出ていった。

「良かった。君の気持ちを直接その口から聞けて。実際安心したよ」
払いながら、フレディは小声でそう言った。
「…僕だって、フレディがバーバラの方に行ってしまって、もう会えなくなるのかと
思った…」
ジョンもおつりを返しながら答えた。
「まさか…。それじゃ、俺の方が耐えられない…」
お金を財布に戻しつつそう言ったフレディは、「じゃ、また」と開け放たれた
ドアへと歩いていった。
結局客の中で最後に店を出る事になったフレディは、ドアの前で足をとめると
振り返り、握った左手の親指にKISSをして、ジョンの方へとそれをゆっくりと
突き出した。そして、ウインクをひとつ。
ジョンもそれを受けて、手のひらにKISSをし、フレディへとゆっくりと突き出す。
フレディはにっこり笑った。

ここで普通なら、「毎度っ!有り難うございました!!!」と言う所だが、
ジョンは変えた。

「いってらっしゃいませ〜〜〜!!!」

フレディはちょっと考えてから言った。

「行ってくるよ、ダーリン」

そうして、ドアは静かに閉められた。

お・わ・り

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