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不思議の魔法の国のアリス(2)

Written by MMさん

ウルトラQ

「何のことだ」。
ジムはアリスの手を振りほどいて、猫をにらんだ。
猫は次第に全身を現し、音もたてずにチェス柄の地面に降り立つと、
アリスの足元に擦り寄っていった。
「知ってるんだろ?、ジム、ひょっとしてこれはあんたの計画なのかい?、
竜巻を起こして彼女をここへ呼び寄せ、女王の上に落としてQを取らせたのも、
帽子屋と三月兎のクレイジーなお茶会や、クロッケー大会に誘い込んだのも」。
「計画って、いったい何だ?、私はそんなこと、一切知らんぞ」。
ジムは周りを見回して首を横に振る。
猫はアリスの、Qが輝く胸に飛び込んだ。
「つまり、僕たちを引き合わせるためのさ」。
アリスたちは、互いに顔を見合わせた。
引き合わせるためだって?、それって、どういうことだ?。
猫はまるで、歌うように囁いた。

「女王はいつも、これみよがしにQをつけていた、確かにQQueenのQだから、
でも僕はそれを見て、思い出したんだ、
Qというのは、同時に4を意味する言葉の頭文字だったことをね、
Quadri−、そう、Quadrangle、
辺が互いに力を補い合い、あるいは反発しながら緊張感を保っている矩形、
Quartette−カルテット…強い絆で結ばれた四人の奏でる調べ、
Quadruplex−四倍になる力…
どうだろう?、今までこれほどまでに暗示的な文字があっただろうか?」。

Q熱ってのもあるな」。
Qってのは莫大な熱量の単位らしいよ」。
「一番タイトな形って、三角形じゃなかったかしらね」。
猫は三角形という言葉を聞いて、首をぶんぶん横に振った。
「ダーメダーメダーメ!、三角ってことは三人だろう?、それじゃ別物になっちゃうじゃないか!、
僕らが示すのはOne Visionであって、*One Worldじゃないんだよ!、
同じ日本語でも、*De Do Do Do De Da Da Daだったら、僕は歌わないぞ!、
僕らの魔法は、一種の魔法(Kind Of Magic)であって、
彼女の些細な所作さえも魔法になる*(Every Little Thing She Does Is Magic)わけじゃないいんだ!
まあ、いいや、話を戻そう、みんな、今最高にいいところなんだから、話の腰を折らないでくれよ、
そして彼女が僕の前に現れ、その彼女が兎と帽子屋と出会った時、僕は確信した、
そうだ、僕たちは四人は、まさに出会うべくして出会ったんだ…と」。

「待ってくれないか?」。
帽子屋が口をはさんだ。
「彼女と僕は一人、二人と数えられるけど、兎は一羽で君は一匹じゃないのか?」。
「いいんだよ、そんな細かいところは気にしなくたって、
とりあえず、ドロシーと案山子とブリキのきこりとライオンが揃っていればいいんだ、
君は彼らをどうやって数えるんだ?、一人と二体と一頭って、わざわざ単位を変えて数えるのか?」。
猫はむっとして反論した。「話の腰を折るなよ!、いいところなんだから」。
「でも、魔法使いはどうする?、数に入れないのかい?」。
「私はただの、ジム・ビーチだと言ってるだろう!」。
「うるさいな、話をややこしくするなよ!、五人だったらQとは無関係になるじゃないか、
便宜上そうしてるんだよ、3でも5でもだめ、4でないと、少し黙っていてくれないか?、帽子屋!」。
「どのみち、魔法使いはタイトルロールじゃないからね」。
兎が誰に言うのでもなく、ぽつりと言った。


Q、それは僕らにとっては。、とても暗示的な文字、
女王である以前に、4であり、僕ら四人の結束を意味する称号なんだ…、
ジム、僕はあんたを責めてるんじゃない、ただ彼女が手に入れたQの重要性を
無駄にして欲しくないだけなんだよ」。
誰もが黙って、ジムの次の言葉を待った。ジムはひたすら頭をかき、
同じ所をぐるぐるせわしなく歩き回り、天を仰いでため息をついた。
彼は非常に困惑していた。突然魔法使いだと言われ、家に帰してくれだの、
タンバリンや真珠のボタンをよこせだの言われ、頭が混乱していた。
実際、彼がよくわからなかったのは、自分がここにいる意味だった。
クロッケー会場でフラミンゴを振り回し、ハリネズミを追いかけ、
鼻にかかった高い声で、音速スピードでしゃべくりまくるエプロン少女と、
ぼんやりしたノッポのカーリー男と、一羽の体格はいいが口は悪い兎と、
消えたり現れたり、笑ったり喋ったりする変な猫に囲まれ、
不条理な要求を突きつけられている、その理由…。
何故自分はここにおり、何故こんなわけのわからぬことに、巻き込まれているのか…。

よくよく考えてみれば、全くおかしな話だった。
女王女王と言いながら、ジムは彼女に会ったことがなかった。
彼女が女王である証としてQを身につけていたことも、漠然としか知らなかった。
それなのに、アリスのエプロンについていたQに、自分は何故あんなに動揺したのだろうか?。
猫の話では、ジムは女王を疎ましく思っており、彼女が消えることを望んでいたと言う。
しかし彼は、一度だってそんなことは考えもしなかったし、ましてや…そう、私は本当に、
ただのジム・ビーチなのである。魔法使いでもないし、この世界のナンバー2でもない…。

「本当に申し訳ないんだが…」。
ジムは力なく言った。
「私は魔法など使えない、君たちの力にはなれないんだ」。
「まった、嘘ばっかし」。
アリスが口をひん曲げて言った。
「いや、嘘じゃない、私が出来ることと言ったら、マネージングくらいのものなんだ…」。
「マネージング?、それってお金(Money)に関することなの?」。
アリスの目が、ちょっと輝いた。(彼女は、Mのつく言葉に敏感なのかもしれない)。
ジムは額の汗を拭いながら、少し口篭もって言った。
「ま、まあ、全然関係ない話でもないね、一応管理するってことだ、
人の管理、金の管理、その他もろもろあるが…もっと庶民的な言い回しをすると、
世話係とも言えるね、…うん」。

猫の頭に、何かが閃いた。そうか、そうだったのか!。

「それだ、それだよ、それが五人目のあんたの存在理由さ!」。
猫は喜喜とした声を上げ、アリスの腕の中から飛び出した。
「いや、どうして気が付かなかったのかな、今まで、ジム、悪かったよ、
僕は大きな勘違いをしていた、確かに君は魔法使いじゃなかった、
おかしなことを要求してすまないね、でもあんたとこうやってじかに話をして、
ようやくわかったんだ」。
「何がだね」。
猫は前足を舐めて顔を一拭いしてから話始めた。

「僕らはまず四人で一組になっている、しかし僕らは世間知らずだから、
器用に立ち回れない、そこでだ、僕らを世話する係りが必要になるんだ、
それがジムさ、ジムは人の世話が得意なんだろう?、
でも僕らは表向きは四人で、彼はあくまでも裏方だから、数には入らなかった、
ただしジムもファミリーの一人だから、Qに反応したんだよ、
どうだい?、そう考えれば、つじつまが合ってくるだろう?、
僕が最初に考えた通り、僕らはつながっているんだ、Qでね」。
この猫の、彼曰く、究極の推理は、帽子屋と兎とジムを関心させた。
だがしかし、アリスだけは、困惑していた…。

「ねえ、猫さんの言う四人というのは、私を抜かした四人ってことなんじゃないかしら?」。
全員が、驚いた顔でアリスを見た。
「だって…わたしはもともとこの世界の人じゃないもの…」。

そうだった…彼女は家に帰りたがっていたのだ…。
猫は落胆した。多大なエネルギーを費やして考え出した推理がボツになりかけ、
その上、アリスとの別れも迫ってきているのである。
「そうだったね…、君は帰る方法を探るために、魔法使いを探しに行ったんだね」。
「ごめんなさい、折角仲良くなれたのに」。
「いや、僕の方こそ、君を惑わせて悪かったと思っているよ、
ジムも首をうなだれた。
「私も、君の望みを叶えることができなくて、申し訳なく思っている」。
アリスは首を横に振り、笑顔を浮かべた。
「でも楽しかったわ、いい思い出になったと思うわ、お茶会もクロッケー大会も」。
そして、エプロンの胸当てからQを取り、猫の首にかけた。
「もし私が家に帰ったら、これは要らなくなるから、あなたにあげるわ」。
「でもアリス…」。
猫は心配顔で聞いた。
「どうやって帰るつもりなんだい?、魔法使いはいないんだよ」。
「私はただのマネージャーだしなぁ」。
ジムも顎に手を当てて考え込んだ。
「タンバリンと真珠のボタンはともかく、これは非常に難問だな」。
「彼女は竜巻にのってきたんだよ、もう一回竜巻が起こればいいんだよ」。
三月兎が、脳天気に言った。
「ばかだな、そう簡単に竜巻が起こるもんか」。
帽子屋が吐き捨てるように言うと、兎は目をむいて帽子屋を睨みつけながら言った。
「似たような状況を作ればいいじゃないか!」。

そこで、彼らは試しにアリスを回したり、振ってみたりした。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる…,ぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶらぶら…。
しかし、しばらく続けていると、アリスが倒れた。目が回ったのだ。
「あ、大変だ、目が竜巻になっちゃった」。
兎はアリスの顔を覗き込んで言った。
帽子屋は頭を抱え、ため息混じりに歌った。

振って、振って、あたしを振って
こんな陰気な人生なんて耐えられない
振って、振って、あたしを振って
つくり物のあたしは、普通からは程遠い…

毎晩あたしは飛んでいる
まだ円周率を信じている
死ぬまであんたを突っついてやるわ…

「やめろよ!、帽子屋、かえって具合が悪くなるだろう!」。
兎の声が大きかったので、アリスはすぐ意識を取り戻した。
「めまいがするところはあの時と一緒だけど、やっぱり無理だわ…」。
「振りすぎだよ、それに帽子屋の歌もひどい」。
猫はあきれたように言った。
「『過激な特派員』がないから、調子が出ないんだ、あれを持ってないとダメなんだよ、
それに、僕はこの苦境に対する自分の心情を歌っただけだ!」。
帽子屋はすかさず言い返した。
「じゃあ、お前は振って欲しいのか!、わかったよ、ふん、こうしてやる!」。
兎が帽子屋の首をつかんで、前後に激しく揺さぶった。
「あああああ、くるひい、やめて……、折れてしまふ……」。
「それじゃ、女王が時間をつぶしてる(Kill)と言って激怒するのも、無理ないさ」。
兎の首絞め攻撃から逃れた帽子屋は、咳き込みながら、猫の言葉に反論した。
「違うよ、“振る”なんて言ってないだろう?、
よく聞けよ、僕は“救って”欲しいって言ったんだよ、
それに何度も言ってるけど、時間をつぶす(Kill)っていう言い方はいけないよ、
だいいち女王はもういないんだ、僕たちは自由なんじゃ…」。
帽子屋はそこまで行って、はっと気が付いた。
女王がいない…、最高権力者がいない…、最高権力者がいない世界って…?。

帽子屋は、猫と兎とジムを呼び、アリスから少し離れた所で、小声で話し始めた。
「この世界は女王がいることで成り立っていたんだろ?、
でもアリスがぺしゃんこにしてしまったんで、女王は紙切れ同然になってしまった、
ってことは、この世界も、紙切れ同然ってことじゃないかい?」。
「紙切れ?」。
「つまりさ、一番肝心のところがなくなったんだよ、0(ゼロ)さ」。
「ああ、『ナナ』か、貴婦人ガガが登場する…」。
「違うよ、ジム、それはエミール・ゾラだよ」。
「君の独壇場だろ?、『過激な特派員』が唸る…」。
「違うよ、猫さん、それはソロだよ」。
「悪党をばっさばっさと切り倒す謎の正義の味方…」。
「違うよ、三月兎、それは『怪傑ゾロ』!、
もうみんな、僕はとても真面目な話をしてるんだからね、
いいかい?、つまりこういうことだよ、
トップがゼロになった世界は、ゼロになるんだ、ゼロは何も生み出さない完全な無だからね」。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ、全くに無ってどういうことだい?」。
兎が混乱したようにして、頭を押さえながら聞いた。
「この世界は無なんだ、アリスがこのことに気が付いた時、
彼女はもとの世界に戻ることが出来るんだ、ここはアリスの夢の産物なんだ、
よく考えてみてごらん?、話の出だしから、女王がいきなり彼女の下敷きになって
消滅したってことが何よりの証拠だよ、つまり女王は最初からいなかった、
クレージーなお茶会も、クロッケー大会も、本当は全く存在していなかった、
そして…これはとても言いにくいことだけど…」。
「…だけど…?」。
誰もが固唾を飲んで、帽子屋の次の言葉を待った。

「僕らも、最初から存在していなかったってことになるね」。

「へ????」。
猫も兎もジムも、皆、青ざめた。
「ということは…、帽子屋、彼女が目覚めたら、我々は消える、ということなのか?」。
ジムが恐る恐る聞くと、帽子屋は目を伏せて小さくうなずいた。
三月兎が天を仰いだ。
「何だい、何だい!、せっかくお茶会から解放されて自由になったと思ったら、
それが全部幻だってのかよ!、そりゃないぜ!、これからオレは、
カワイ子ちゃんと遊びまくり、車をぶっ飛ばし、タンバリンを叩きまくろうと思ってたのに!」。
「声がでかいよ、三月兎」。
帽子屋が諭した。
「…で、問題はここからなんだ、どうする?、
このままアリスに目覚めないでいてもらうか、それとも彼女に真実を教えるか、
僕らが生き延びようとすれば、彼女は夢の中に囚われたまま、
彼女の希望をかなえようとすれば、僕らが消える、
彼女を生かすか、僕らを生かすか、そのどちらかを選ばなければならないんだ」。
「おいおい、いやだなぁ、その展開、帽子屋、お前また迷うんだろ?、何時間もさぁ、
もうたくさんだよ、こんなの!」。
兎は仰向けに転がって、駄々をこねる子供のように足をばたつかせた。

「確かに消えるのは辛いな…はちゃめちゃだったけど、僕らはそれなりに
楽しくやってきたわけだし…、でももし、アリスに真実を伏せておくと言っても、
果たしていつまで隠し通せるものなんだろう?、もし彼女が年を取ってから目覚めても、
それは彼女のためにはならないんじゃないかな?」。
猫は、まるで自分自身に言い聞かせるように言った。
「少なくとも…僕らに都合のよい選択をすれば、
アリスは折角のチャンスをふいにすることになるだろうね、
彼女は今、アンブレラを作っている最中なんだ、新しい手の分類のために、
一生懸命、歩調を合わせる練習をしている、今解放してあげないと、彼女の努力は
全部水の泡となってしまうだろうね、あれか、これか…まるでキルケゴールだよ…」。
何だかよくわからんな、と思いながら、猫は帽子屋の言葉にとりあえずうなずいた。
帽子屋は兎の言った通り、ひどく悩んでいる様子だった。
(これが紅茶かコーヒーかって問題だったなら、みんな帽子屋を笑えるさ、
でもそんな簡単に割り切れることじゃない、全員の存在がかかってるんだよ…)
だからこそ、猫は諦めたくなかった。
まだきっと、方法があるはずだ、自分たちが消えず、
そしてアリスがもとの世界に戻れるような最高の方法が…。

ふと、猫は自分の首にぶら下がっていたQを見た。
さっきアリスが自分に託したものだ。
アリスは、これはもとの世界に戻ったら、もう必要ないと言った。
確かにアリスにはそうかもしれない。
しかし、これはアクセサリーではない。
少なくとも、猫にとってはもっと神秘的で神々しい象徴だった。
Qは、女王の手を離れてアリスのエプロンに移ってからも、相変わらず輝いていた。
Qで結ばれたファミリーの運命、我々は一つ、我々は王者…。
猫の脳裏に再び閃光が走る。そう、すべてはQ、このQから始まっている…。

「ねえ、帽子屋、今思いついたんだけど…」。
猫はQを前足で器用につかみ、帽子屋の前に差し出した。
「僕らはみんなこれでつながってるんだよね、きっとそうだよ、
僕らはこのQに反応して、Qに導かれるようにして集まったんだもの、
だから、アリスがもとの世界に戻る時、みんなでこれにつかまれば
僕らは消滅しないですむんじゃないかな?、
全員がこれにつかまり、そして君はアリスに問題を出す、
君がアリスに会った時、算数の問題を出したんだろう?、
だから、もう一度同じことをするんだよ、それでアリスは振り出しに戻る、
そして、Qをつかんだ僕たちは、アリスと一緒にここを脱出して…」。
帽子屋は、何か思いついたような顔で猫を見た。
「そして、いつかどこかでまた会うってことかい?」。
「でも、そんなにうまくいくのかね?」。
ジムは不安そうだった。猫は大きな前歯を見せて、自信たっぷりに笑った。
「大丈夫だよ、ダーリン、僕らは絶対うまくいくって、
だって今までだって、ずっとそうやって乗り切ってきたんだろう?」。
「こいつが言うなら大丈夫だよ、とんでもない思いつきばっかりだけど、
ちゃんと結果は出してるからね」。
いつのまにか、すねていた三月兎も機嫌をなおして彼らの話に加わっていた。
「何の問題を出せばいいんだい?」。
帽子屋が聞いた。
「さっきのゼロの話がいいよ、アリスは察しがいいから、何のことかすぐわかる」。
「よし、わかった、やってみるよ、でもその前に一度家に戻っていいかい?、
『過激な特派員』を取りに行きたいんだ、あれはとても大事なものだから」。
そう言って、帽子屋はその場を一旦あとにした。

帽子屋がいない間、猫は三月兎に聞いた。
「君はいいのかい?、タンバリンを持ってこなくても?、僕らはここにもう戻らないんだよ」。
「ああ、いいんだ、どうせあれは気に入ってない、別世界に無事ついたら、
新しいのを調達するさ、―ああ、こういう言い回しは帽子屋の特権だったな」。
三月兎は鼻をほじくりながら答えた。
「それよりお前はどうするんだよ、何も持っていくものないのか?」。
猫は空を見上げて、鼻歌を軽く歌ったあと、兎に向き直り
「僕はいいんだ」。
と言うと、自分の喉を前足で指した。
「これがあるから…」。

帽子屋が背中に『過激な特派員』を抱えて戻ってくると、
彼らは帽子屋を先頭にして、アリスに歩み寄った。

アリスは一人、遠くを見ていた。
果たして、自分は本当に帰られるのだろうか?。
作りかけのアンプが待つ自分の家に…。
もしもここに一生いることになるのだったら…。

(帽子屋さんは、ギターが弾けると言ってたっけ、
三月兎さんはタンバリンを叩くって言ってたわ、
昔、サーカスで、タンバリンを叩く兎を見たことがあったけど、
あの楽器は、本当に兎のためのものだったのね、
もしもここに暮らすことになったら、バンドを組もうかな、
でもベースがないわ…、ああ、帽子屋さんに作ってもらおう、時間かかりそうだけど、
で、名前付けよう、『エメラルドの貴婦人』なんて、どうかしら?、
アンブレラ…じゃなくて、アンプは、また作り直すしかないわね、
でも、設計図はまだ少し覚えてるから、これはなんとかなるわ、
で、マネージャーはジムで決定ね、ついでに魔法使いだったらもっとよかったのに、
そうだ、問題は猫さん、猫さんには何をやってもらおうかなぁ、
ピアノを弾く猫なんて、可愛くてよさそうだけど、消えたり現れたりして
あんなに芸達者なんだから、もっと何か大きな役をやってもらった方が…)。

このままでいくと、オーディションは受けられないかもしれない。
でも悲観的になっている暇はない。Time Is Money!。
家に帰られなかったら、それでもいいじゃない。
家族や友達は寂しがるだろうけど、それも運命。
最初はあんなに家に帰りたくて、焦っていたのに、
不思議と、だんだんそういう気持ちが消えていってるのよね。
ここには新しい仲間がいるじゃない?。最初は変な連中だと思って戸惑ったけど。
今なら自信を持ってこういえる。彼らとだったら、うまくいく、と。
ここでの新しい生活に思いを馳せ、新バンドの構想を密かに練るアリス。
ただ悶々として時間をつぶす(Kill)のは嫌だったからだ。

ある程度考えがまとまってきたところに、“彼ら”が現れた。
帽子屋はギターを背中に抱えている。
肩越しに見えるヘッドは、変わった形をしていた。
これが『過激な特派員』らしい。後でよく見せてもらおう。
アリスは声を弾ませた。

「ああ、帽子屋さん!、今ね、とっても面白いことを考えていたの、
あのね、これからのことなんだけど…」。
アリスの言葉を途中で遮るようにして、帽子屋は言った。
「こっちにも、アイデアがあるんだよ」。
そして、首にQをぶらさげた猫を連れてくると、彼を囲むようにして三月兎とジムを座らせた。
そして、アリスに命じた。
「このQをつかむんだ、どこでもいいから」。
「え?、何?、また新しいゲーム?」。
アリスがその通りにすると、兎、帽子屋もQをつかんだ。最後のジムだけは、Qのひげの部分を持った。
みんなの手が大きかったので、他につかむ場所がなくなったからだ。
「途中でこのひげが取れたら、私はどうなるんだ?」。
ジムが不安そうに、小声で猫に話しかけた。
「大丈夫、ひげが取れても、Oにはならないよ、QはどうあってもQさ、
もちろん、0(ゼロ)にもならないしね、気楽にしてなよ、ジム」。
猫は何食わぬ顔でそう言った。
「それじゃ始めようか」。
帽子屋は、ちょっと尊大な態度でそう言うと、アリスを見つめた。

「これからちょっとした問題を出すよ、アリス、それに答えて欲しいんだ」。
「いいわ、面白そうね、それじゃ早くやりましょう?」。
まだ何も知らないアリスは、無邪気に言った。
「それじゃ、1かける2」。
「2」。
「2かける3」。
「6」。
「6かける10」。
「60、飛躍したわね」。
「60かける100」。
「6000、かなり飛躍したわ」。
「6000の自乗」。
「6000000…これってかなり飛躍してない?、いったい何の問題なの?、
ただの積算じゃないんでしょ?」。
「積算は、天文学的数字を生み出すんだ、でも例外がある」。
帽子屋は一呼吸おいて続けた。
「まず、君はここへ来る時、女王を下敷きにした、これで女王はいなくなった、
いないこと、存在しないことを数字で表すと、何になると思う?」。
「ゼロよ」。
「よろしい、ところで、女王はこの世界の支配者だった、いわばトップだ、
トップがゼロになったんだね、だとすると、その世界はどうなると思う?」。
「どうなるって…?」。
「積算だよ、アリス、積算は普通、数が存在すれば膨大な数字になるだろ?、
これはまさに世界の成立と同じなんだよ、
何かからものが生まれ、そのものがさらに何かとかけあわされて、どんどん増幅していく、
アダムとイブから、どんどん人が増えていったように、
アダムとイブは神様がつくったんだ、
ここではその役目を女王が担っていた…でも女王はいないんだ、
もっとはっきり言うと…女王は紙切れだった、実は最初から、いないも同然だったんだ、
君が踏み潰す以前にね、ゼロなんだよ、」。
「と、いうことは…?」。
「かけてみろよ、アリス」。
「ゼロに?」。
「そうさ、ゼロにかけるんだ」。
アリスは突然めまいに襲われた。
「ゼロに…6000000をかけても…」。
彼女は必死に、言葉をしぼり出した。

「ゼロ…」。
ゼロにはどんな大きな数字をかけてもゼロ…。

突然、目の前に大きなねじが現れて、回転を始めた。
アリスの目にうつる景色はモノクロに変わっていた。目の前をペンギンが横切っていく。
チェス柄の地面が大きく歪んで、アリスに襲い掛かってきた。
(待って、待って、待って!)。
アリスは、白と黒のダイヤの形からさらに混ざり合いどんどん灰色に変わっていく景色に
飲み込まれていった。
(だめよ!、ゼロなんて!、みんな消えてしまう!、今までのことが全部幻になってしまう!)。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる…。
まるで洗濯機の中。回っている、回っている、回っている。
(君のアンブレラが完成したら、試させて欲しい…)。
帽子屋の声。
(どこにいるの、みんな?、どこ?!)。
回っている、回っている、回っている…。
(絶対手を放すな、Qから手を放すな)。
これは三月兎の声。
(だから言ったろう!、やっぱりひげが離れたじゃないか!)
ジムの声が急速に遠ざかっていく。
(猫さん、猫さん!、どこ?)。
アリスは猫を探した。いない。どこにも見えない。首にQの文字をぶらさげた風変わりな猫。
景色はもう真っ暗だった。何も見えなかった。
まるで胸を押さえつけられたように苦しい。声を出そうとするが出ない。
アリスは苦痛に耐えながら、咄嗟に心の中で叫んでいた。
(猫さん!、歌って!、歌って欲しいの!あなたじゃなきゃだめなの!)。
アリスは、暗黒の高速回転ドラムの中の金平糖のようにもて遊ばれながら、
次第に気が遠くなっていった。そして、混濁する意識の中で、こんな声を聞いたような気がした。
(大丈夫、僕たちはいつでも一緒だよ、ダーリン…)。 

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