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An Autumn's Tale〜秋の夜話〜
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一年前の秋のことだった。
「MADE IN HEAVEN」の歌詞をコピーすることになり、
初めて、日本語歌詞をじっくり眺めた。
「A WINTER'S TALE」までたどり着いたとき、心に響く言葉があった。
美しい情景と、「子供たち」。「不思議な力」。
「炉辺のくつろいだ語らい
取りとめのないおしゃべり
さざめく笑い声」
夢のような優しい光景を、外から眺める誰かの存在。
脳裏にジャケットの湖が広がった。
笑い声を上げて戯れているのは、子供…ジョンの幼い息子たち。
その様子を笑顔で見つめるのは、不思議な力を持つ人物…魔法使い…
「A KIND OF MAGIC」の衣装を纏ったフレディ。
何故かジョンはそこにはいない気がした。
彼は湖では笑顔になれない。
思い出が多すぎるから。
もぎ取られる前に自ら切り離した翼が傷むから。
息子の一人はそんな父親がもどかしい。
彼にはまだ、父の想いは理解できない。
構ってもらいたくて、笑顔を向けて欲しくて、彼は反抗する。
「魔法使い」はそんな息子に柔らかく接する。
不器用な友の代わりに、心を癒してやる。
――ちょうど、窓から夕日が差し込んできた。
ラストは夕焼けに染まる、誰もいない湖。
(これは、書ける)
夕日がなくならないうちに、何かの紙の裏に書き留めていった。
父が呼んだ。煙草が欲しいのだという。
廊下を見回し、扉を閉めてから、フィルター付きの煙草に火を付けた。
普段の銘柄は余りにもきついので持ってこなかった。
見つからないうちに早く吸ってよ。
父はもう何をしても許される状態だったが、
仮にも病院で患者が煙草を吸うという行為は目立たせるべきではない。
早く煙を消したい一心で、ハイペースで父の口に煙草を差し込むと、
せかすなよ、としかめ面をして言った。
窓の外はすっかり暗くなっており、ネオンが煌き出していた。
薄暗い明かりの中で、下書きを続けた。
まったくのフィクションであり、
ファンタジーのつもりだったが、最後にひっかかる部分があった。
ジョンはフレディに会うべきだろうか。
湖に響く懐かしい声を聴くべきだろうか。
そうすることで、安息を得られるのではないか。
父が母の名前を呼んでいる。
返事をすると、なんだ、お前かとつまらなそうに言った。
母が泊まった時には私の名を呼んだらしい。
昔から本気なのか冗談なのか分からない物言いをする父だったが、
最近は自分でも現実と夢の区別がついていないようで、
「右よし、左よし」などと機関車に乗務していた時代の点呼を
始めたりもする。全くおめでたい人だと、母と笑った。
身体の位置を変えてやると、
腹が痛かったら先生に診てもらえよ、と、
いつもの怒ったようなぶっきらぼうな口調で言った。
私が腹痛で悩んでいたのは1週間も前のことだった。
結局、ジョンをフレディに遭遇させるのをやめた。
心の中のフレディが具現化する…それでもいいと思ったが、
あいにく夢を追う心境ではなかった。
彼らは二度と会いまみえることはない。
それが現実であって、その事実をたとえフィクションの中でも
変えたくはない気がした。
手書きでの推敲は面倒だった。
しかも、明かりが暗くてほとんど見えない。
ノートパソコンを買おう。
次に病室に泊まるときはそれを使おう。
翌日、母と交代して家に戻る途中で、衝動的に手ごろなPCを
購入した。
実際に病室で使う機会が訪れることはなかった。
次の日の明け方に逝った父を見取ることさえなかった。
その夜、目の前に横たわる父の遺体の側で、
新しいPCに今までの小説と、書いたばかりの「A WINTER'S TALE」を
打ち込んだ。母は仮眠をとっており、叔父達は隣り部屋に控えていた。
何も感じなかった。ただひたすら、玩具に夢中な子供のように、
夜通しキーボードを叩いていた記憶しかない。
ちょうど一年後の今日、ようやくその思い出に、
夕焼けの沈む湖を眺めながら涙を流すジョンが、重なった。
たわいのない秋の夜話である。
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