-
Eternal Wings
Under Pressure
-
Written by Anja Geenen (translated by mami)
Chapter Six
飛行機を降りる段になって、ジョンはゆっくりと座席から立ち上がった。照れ臭さが半分、だが大半は幸せな気分で彼はドアへと向かった。フライト中ずっと隣に座っていた少女が嬉しそうに手を振ってくれた。にっこり笑った彼も手を振り返した。リッキーという名のその少女は、自分の娘を、そして息子たちを思わせた。彼は両親と共に飛行機を降りるリッキーに、最後の微笑を投げかけた。もう、いつもどおりに自分をコントロールできている。あとは飛行機を降りて家族と向き合うだけだ。機内にいる間中彼が抱えていたすべてを、このリッキーが吹き飛ばしてくれたような気がした。ジョンは彼女に『マミィは?』と問われたときのことを思い出した。つまり妻はいないのかと聞きたかったらしい。とても大切なことをやらなくちゃならなかったんだ、マミィ抜きでね。そう言うと彼女はしたり顔で頷いていたっけ。ジョンはドアに向かい、トンネルに足を踏み出した。道を歩く人々。出会いの喜びに溢れている人々。家族が恋しかった。この数週間で、いや、人生で今が一番、彼らが恋しい。聞きなれた少年の喜びの叫び声を耳にしたとき、彼の胸は高鳴った。
ダディ!!!
もう大きいんだから父の両腕には飛び込めないと感じていたロバートは、弟妹たちに道を譲った。飛びつく代わりに、ただ、ハイ、と言った。父は彼を見下ろした。おいで。招かれたことが嬉しくて、彼は父の両腕に飛び込んだ。その身体に触れ、匂いを感じてますます喜びが募った。僕寂しかった、ダディ。父の胸に頭を預けながら、ロバートはそっとつぶやいた。神様、ダディを返してくれてありがとう。感謝の気持ちでいっぱいになりながら、彼は父をぎゅっと抱きしめた。
ヴェロニカは夫と子ども達を幸せそうに眺めていた。ジョンが子ども達にキスしたり抱きしめたりしているのを見て、穏やかに微笑んでいる。やがてジョンの目がヴェロニカを捕らえた。子ども達に纏わりつかれたまま彼女の側に移動したジョンは、今までで最高の甘いキスを贈り、耳元で優しく囁いた。愛してるよ。ヴェロニカは両腕を彼の身体に回した。涙が溢れてくる。でも今度は、喜びの涙。そして今度は、離さない。別れはあまりにも長かった。あなたが戻ってきてくれて嬉しいわ。涙が彼のアロハ・シャツに零れ落ちるのも構わず、再び離れ離れになってしまうのを恐れるかのように、彼女は家族をしっかり抱きしめた。また一緒になれた幸せがこみ上げてくる。聞きたいことはたくさんあった。でも今はいい。この魔法を解きたくないもの。一層強くジョンを抱きしめながら、彼女は祈った。この人が本当のジョンでありますように。出て行った時のままではありませんように。本当に、帰ってきてくれたのでありますように。
* * *
提げていた少ない手荷物を解いたジョンは今、妻と紅茶を飲みながら子ども達を眺めていた。子ども達が戯れる様子や妻が紅茶を啜る様子を見るのは幸せだった。向かい側に座っている妻はにっこりと微笑んでいるが、質問に満ち満ちた目をしている。答えなければならないのは分かっていた。今はタイミングを計っているのだ。また彼女を傷つけるのが怖くて、ジョンは何度も何度も機会を逃していた。二人はじっと座っている。ヴェロニカは答えを、ジョンは適切な時を探して。
長い沈黙の後、紅茶をひと啜りしたジョンが口を開いた。
「ヴェロニカ…」
しばらく躊躇っていたが、意を決して説明を始める。
「おそらく分かっているんだろうね、なぜ僕が出て行ったのか。僕はほんとに臆病者だった。真実に向き合うのが怖かったんだ。プレッシャーがあまりに酷かったし、家族の生活を台無しにしかけていることを君に責められるのが怖かった。分かっていたんだよ、滅茶苦茶にしているのは僕だって。でも認めることが出来なかった。考える時間が必要だったんだ。どうすべきなのか…何が悪かったのかを。ヴェロニカ、僕は決めたよ。クイーンには残るけれど、君や子供たちのための時間をもっと増やす。僕が必要な時はいつでも連絡してくれればいい。たとえツアーに出ていたって、君から電話があればすぐ帰ってくるから。僕にとって、誰よりも大切な人は君だ。愛しているんだ、君と子ども達を…」
黙って聞いていたヴェロニカは、ジョンの言葉を噛み締めた。この人を許してあげなきゃ。チャンスをあげなきゃ。ジョンにとってどれほどクイーンが大切なのか、彼女にはよく分かっていた。そして、まったく同様に、どれほど家族が大切なのかも。受け入れるのよ。彼自身と、その決心を。
「お帰りなさい、あなた」
彼女に言えたのはそれだけだった。
ヴェロニカとジョンは共に多弁ではない。ジョンが出て行った理由を説明し、ヴェロニカがそれを受け入れた後、再び二人は黙ってしまったが、晩夏の夕暮れを満喫しながら、道行く人々を眺めていた。何よりもお互いに楽しかった。愛情を込めて見つめ合っては恥ずかしそうに目をそらし照れ笑いを浮かべる、まるでティーンの恋人同士のような二人だった。また一緒にいられて、嬉しかった。二人は過ぎ去った日々のことを考えていた。いろんなことが起きた。二言三言交わして緊張をほぐすと、また沈黙に戻った。お互いに相手の考えが感じ取れた。言葉など要らない。もう問題ないのだから。
* * *
ダディは今、家にいる。帰ってきてくれて良かった。しかし彼はまだ父に怒りを感じていた。ママをどれだけ傷つけたのか分かってないのかな、ダディは。ロバートはベッドに横になっていた。父が説明を始めたのが聞こえた。母の声はほとんど聞こえなかったが、沈黙からロバートは、すべてが再びうまくいったのだと結論づけた。でも、僕はまだダディのこと怒ってるんだからね。ロバートは父が飛行機から降りてきた瞬間のことを思い出した。彼の感情は交錯していた。会えた嬉しさと、怒りと。僕達を置いてあんなにも長い間出ていったきりだったダディ。胸に誘われ、抱きしめられキスを受けた。やあ、ボス。ダディはそう言った。最初は抱きつくのを渋っていたロバートだったが、父の方から引き寄せてくれたのが嬉しくて、ぎゅっとしがみついた。そのまま離したくないと思った。ダディは元のダディに戻ってくれたんだ。家に帰ると、ロバートは父が小さな手荷物を解くのを手伝った。すべてがあるべき姿に落ち着いた。しばらく僕らと遊んでくれたダディに、皆で伝えた。大好きだよって。
ママが小さい兄弟たちをベッドへ連れて行った後、ダディと二人きりになった。
「やあロビー」
「ダディ、僕はもうそんなコドモじゃないったら」
「たしかにそうだな」
「ダディがいなくて、寂しかったよ」
「そうか? ダディも寂しかったよ。ママたちの面倒を見てくれたかい?」
「ジュリー叔母さんが僕らを家に連れて行ってくれて、おばあちゃんがここでママと一緒にいたんだ。でもちゃんとマイクやローラ、ジョッシュの面倒は見たよ」
「それは良かった。皆行儀良くしていた?」
「えーっと、そうだね。時々マイクはちょっとうるさかったけど」
「マイクが?」
「でもちゃんと言い聞かせたんだ」
「ロブ、ダディのこと怒っているかい?」
ロバートは顔を赤らめ、半身になって足元を見つめた。
「うん、ちょっとだけ」
「出て行ったとき、態度が悪かったからか? んん?」
「ううん…」
「ロバート、ダディはね、お前やママがもう嫌いになったから出て行ったんじゃないんだ。今でも皆を愛しているとも。いろんなことをきちんと考える時間が欲しかっただけなんだ。ほら、外に出るなってお仕置きをくらったときのお前とおんなじだよ」
ロバートは少し混乱してきた。
「ママにお仕置きくらったの?」
ジョンは微笑んだ。
「違うよ、ダディが自分で自分をお仕置きしたのさ」
「ふうん…?」
「たくさんのことを考えてみて、思ったんだ。みんなに約束しなきゃって」
まだ少し混乱しながら立っているロバートに、ジョンは言った。
「もう二度と、お前たちを置き去りにしない。約束する。ダディが必要になったら、いつでも言って欲しいんだ。分かってくれたかい?」
「オーケイ。…ダディ、大好きだよ」
「ダディもさ」
ロバートは背伸びして父の首に両腕を巻きつけた。ジョンはまだ幼い大事な息子の身体を抱き寄せた。
ロバートは父の弁解の言葉を全部は聞かなかった。父が謝るとすぐに許してしまったからだ。僕がどれだけダディが好きで、どれだけいてほしいと願っているのか、分かってくれるかなあ。ロバートはそんなことをベッドの中で考えていた。居間では両親が言葉を交わしている。父の弁解に母がどんな風に反応するのか知ろうとしたが、聞こえてくるのは静かな囁き声だけで、しまいにはしーんと静まり返ってしまった。何もかもまた元通りになったんだ。僕や妹、弟たちも家に帰れた。ダディもだ。でも何かまだ大丈夫じゃないことがあるような気がする。それが何なのか、何が違うのか、ロバートには分からなかった。考え出すと眠気が吹き飛ぶような気がした。だが数分経つと、ロバートはぐっすり眠っていた。
* * *
「どうぞ!!」
アシスタントが不在だったので、ブライアンは自分でドアを開けねばならなかった。急いで階段を駆け下りたせいでもうすこしで足を踏み外しかけ、まるで誰かに挨拶しているかのような、何かをぶち壊しそうな勢いで両腕をひらひらさせながら、すんでのところでバランスをとった。息を切らしてドアを開けると、ジョンが立っていた。
「ジョニー、戻ったんだな!!」
ジョンは微笑を返した。まだぜいぜい言っているブライアンが、ジョンを招きいれる。なんとか息を整えたところで、まず心を込めて「おかえり」を言い、それから先日来のことを咎め、聞きたかったことを質問しまくった。その間にジョンはごった返しているブライアンの居間へ足を踏み入れ、散らかるゴミを注意深くかきわけながら、椅子を見つけて静かに座った。今度は喋りすぎて息を切らしているブライアンは、感謝あるいは弁明の言葉を待ちながらじっとジョンを見つめた。ジョンは言った。
「そうだね。最初からいこうか。下手クソ野郎と言ったことは謝るよ。でも本当のことだもんな」
にやつくジョンにしかめっ面を返したブライアンはその言葉を手で追いやり、答えた。
「それは僕だって分かってるさ」
「オーケイ。それから、家を出て何も知らせなかったことも、本当に申し訳ないと思ってる。ただ考える時間が欲しかっただけなんだ。ひどく混乱してたから」
ジョンは言葉を止め、ブライアンの反応を見た。それからさらに続けた。
「僕は決めた。これからは家族を一番に考えるって。もし家族に何か起きでもしたら、すぐに家に帰るから。彼らはとても大切なんだ。僕が逃げたのはプレッシャーのせいさ。休養が欲しかったんだ」
ブライアンは納得したように頷いた。初めからそう思っていたのだ。だがジョンとの口論がずっと気に掛かっていた。
「あの喧嘩が原因じゃないよブライ、本当だ。それにあれは僕が悪いんだ。集中できなくて、イライラしていて、それで君に怒鳴ってしまったんだ」
ブライアンの返答はこうだった。
「まあ、僕だって君に親切だったわけじゃないしね」
そのあとしばらく、沈黙が続いた。ブライアンが言うことを考えている間、ジョンは壁紙を眺めていた。
「とにかく、機嫌がよくなったみたいで何よりだ」
ようやくブライアンが喋った。ジョンは謎めいた笑みを浮かべた。
「ヴェロニカとね、その、埋め合わせしなきゃならないことがあってね」
「なーるほど」
ブライアンはにやりとした。
「素敵な一夜を過ごしたって訳だろう? おそらく、僕よりは」
ジョンの笑みがわずかに広がった。
「おそらくね」
「だがやっぱり君はクソッタレ野郎だ。何日眠れない夜が続いたと思ってるんだよ」
「君にも埋め合わせしなきゃならないってことなのかい?」
「い、いや、それは遠慮するけど…分かってるんだろう?僕のいいたいことが」
「もちろん分かってるよ。ごめん。気にしてくれてほんとに感謝してる」
ブライアンは肩をすくめた。彼らは自分達の友情の絆がどれほど特別なのか、お互いに感じ取っていた。70年代初期から始まり、クイーンが苦境に立たされる度に強まった絆。なぜなら1人の苦境は彼ら4人のそれを意味するからだ。
「もうマネージメントとは話をしたのか?」
「いいや、これからさ」
マネージメントと話をしたい気分ではなかった。ジムが嫌いという訳ではないが、まるで父親のように世話を焼いてくるし、ジムから説教を受けずにオフィスを出ることはできそうに無かったからだ。
「ジムに連絡しといた方がいいぞ、ジョン。ものすごく怒っていたからな」
ジョンは頷いた。ログとフレッドを訪ねたら、そうするよ。
* * *
美人でかわいらしい、新顔のアシスタントがドアを開けた。ジョンが立っているのを見た少女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「ハイ」
頬を赤く染めた柔らかな口調の彼女にジョンは特上の笑顔をお見舞いし、入ってもいいかと尋ねた。
「もちろんです」
はにかんだ答えが返ってきた。彼女に従って居間に入り、勧められた椅子に腰掛ける。
照れ屋の少女が主を呼びに行っている間、ジョンは部屋や壁紙、床やそこに散らばるおもちゃを観察した。ブロンドの男が部屋に入ってきたときには、考え事に没頭していた。男はジョンに言った。
「そうか、戻ったってわけか」
ジョンは顔を上げて微笑んだ。
「うん。戻ったよ」
「旅はどうだったんだ?」
ロジャーは苛立っているように見えたが、声には懸念と怒りが込められているようにジョンには聞こえた。ロジャーはこれまでのことに対する感情を隠そうとしているんだな。
「僕は大丈夫だよ、ログ」
「はーん?」
ロジャーはまるで片付けか何かで多忙であるかのように振舞っていた。
「悪かったと思ってる。ほんとさ。ちょっと考える時間が欲しかったんだ。いろんなことが起きて、どうしようもなくなって、プレッシャーがどんどん膨らんできてたから、逃げ出したかったんだよ」
ロジャーの返事はただ「はーん?」のみ。沈黙が降りた。ジョンは気まずさを感じた。ロジャーはすべてがまるでどうでもいいような態度を取り続けている。ロジャーがどう思ってきたのか、僕だって気付いているというのに。
「なあジョン、お前のやったことはサイッテーだ。つまりだな…」
ジョンから目をそらしながら、彼は反応を待った。しかし何も反応が無かったのでまた話し始めた。
「もうやるな。二度とあんなことしないって、俺に誓え。いまいましいくらい心配してたんだぜ、分かってるだろう?」
やっとジョンの方に向いた彼が見たものは、恥ずかしそうな、しかし感謝の念が溢れた微笑みだった。
「そんな顔するなって」
「ありがと、ログ」
「なぜだ?」
「君が本当にいい奴だから」
怒りを納めたロジャーはニヤリと笑った。
「そんなこと当たり前だろうが。ところで、あっちにカワイコちゃん達はいたのか?」
ジョンは肩を竦めただけで答とした。
「今度お前が逃げ出すってんなら、付いていくぜ。それで…」
「分かったよログ、でも、君が見逃したものは何もないさ」
「気立てがよくて可愛い女の子もなしか?」
「ひとりいたけど、すっごく太ってた」
「ふうむ、ウマそうじゃないか」
「ウマそう? うへ〜」
「お前は行く国を間違えたんだよ」
まったくロジャーらしいな、ちっとも変わってない。ジョンは次にフレディの元へいかねばならなかったので、退散することにした。
「ああ、なるほど。また逃げ出すってんだな」
フレディを訪ねないといけないからと伝えたときのロジャーの反応はこうだった。そして、もう帰ると言っているジョンをまるで無視して、また話し始めた。
「俺の新しいアシスタントに会ったか? キュートだと思わないか、ええ?」
ジョンは微笑んだ。
「はーん」
そう答えて彼はロジャーの家を辞した。
* * *
フィービーがドアを開いて、ジョンを中へ入れてくれた。大きくてエレガントな家。まるでフレディそのもの。完璧なまでに、フレディのスタイル。フレディは2個のシャンパン・グラスを持ってきて、一つをジョンに勧めた。そのあとフレディはじっとジョンを観察した。やがて身を引いた彼はグラスから一啜りして、ようやく口を開いた。
「じゃあ、もう大丈夫なんだね?」
「うん、ありがとう」
フレディは変わった方法で人を和ませてくれる。ジョンは今それを感じていた。だが彼は大変怒りっぽいときもあり、まるで理解できないときもある。でも、それが彼だから。ジョンはそんなふうにフレディという人物を捉えていた。フレディこそが、ある意味で本当に特別だから。理解できる人がいるとは思えなかった。たぶんフレディ自身も分かっていないのかも知れない。
「戻ってくることができて良かったよ」
ジョンがため息まじりに言った。
「僕たちも、君が戻ってくれて嬉しいさ」
「ありがと」
「本気なんだよ」
ジョンは照れながら床に目を落とした。話している間中、彼は高価なカーペットを見つめていた。フレディは自分達がどれほど心配し、どれほど居場所を突き止めようとしたのかをジョンに説いた。
ジョンは申し訳ない気分になり、弁解しか出来そうになかった。もう二度と、皆を心配させるような家出はしない、皆の思いを無視するような出て行き方はしない。そう言わなくては。
「シャンパンをお飲みよ」
ジョンはなみなみと注がれているグラスに目をやった。
「紅茶の方がいいんだけど」
「ダメ。君の帰還を祝わなくちゃならないもの」
「いけないよフレディ、僕運転しなきゃ」
「誰かに家まで送らせるからさ」
「じゃあ、僕の車は?」
「送り届けてもらえばいいじゃない。さ、飲んで」
フレディはジョンの腕を掴み、シャンパンの入ったグラスを口元まで運んだ。手を引っ込めてジョンが飲むのをじっと待っているフレディを見て、ジョンはため息を吐いた。
「分かったよ。君の勝ちだ」
フレディから目をそらしたまま、ジョンは注意深くシャンパンを啜った。
「信用していないの、ジョニー? 信用できない理由が増えたのは僕の方なんだけどね。さあ、説明してもらおうじゃない。どうして出て行ったの?」
「ひどいプレッシャーのせいなんだ。考える時間と、休息が欲しくて」
「そう、思った通りだ。じゃあ今は、気分良くなった?」
「うん、完全にね」
「どんなことを考えてきたんだい?」
「僕は何を求めてたのかということ。何が悪かったのかということ」
「それで、何が悪くて、君は何を求めてるの?」
「家族との時間と、休息がもっと欲しいんだ」
「で、クイーンを辞めたいと僕に伝えたい訳なのかい?」
「いや、休息は欲しいけれど、クイーンは辞めたくない。僕はただ、もっと家族と過ごしたいだけなんだよ」
「オーケイ。クイーンよりも家族といたいってことだね?」
「うーん…そう…そういうことだと思う」
「まだ自信がないの?」
「君に聞かれるまでは、間違いないと思ってたんだけど」
フレディはふいに踵を返し、シャンパンのボトルが乗ったテーブルへと向かい、自分のグラスを満たした。何かを考えている様子で、彼はシャンペンを飲んだ。次にどうなるのか待ちながら、ジョンはじっとフレディを見詰めている。フレディはたいてい、予想外のことしかしないんだ。そして今回のそれは、テーブルにグラスを置き、ジョンの元に歩み寄ってこう言ったことだった。
「おかえり」
そう言い終えるとフレディは豪奢な部屋のドアへと向かった。
「ショウは終わりさ、ディアー。家族のところに戻ってしばらく過ごすといい。ああ、それから、道中気を付けるんだよ」
ジョンは頷き、フレディが家の中へ消えていくのを見守った。
数分後、車に乗り込んだジョンは、フレディの言葉を思い返し、分析してみた。フレディは、僕が出て行ったきり連絡をよこさなかった理由が知りたかっただけなんだろうか。
フレディは窓の側に立ち、ジョンの車が出て行くのを見ていた。僕の気持ちを理解してくれたよね。そうでなくても、後で気付いてくれるはずさ。フレディは信じていた。君は賢いから、きっと分かってくれるよね。
最後が、ジム・ビーチだった。やれやれ、とジョンは思った。弁舌で生き抜いてきたような彼だから、今回も、議論では勝ち目がない。真実と向き合わなくちゃ。
「さてさて」
ジョンがオフィスに入ると、ジムは言った。ジョンは照れくさそうに笑った。椅子を勧めたジムはスピーチを奮う前にジョンをじっと見詰めた。
「我々が君を突き止めるのにどれくらい苦労したのか、おそらく分かっていると思うが?」
「はい、分かってます」
「我々がどれくらい心配したのか、想像がつくかね?」
「えーっと…つかない、かも…」
「そうだろう。私もそう思う。想像できていれば、どこにいるのか電話くらいよこすはずだからな」
「ごめんなさい」
「約束してくれないか」
「は?」
「私に一言もなしにどこへも行っちゃいかん!」
「了解」
「それでは、私の言葉を復唱したまえ」
「ねえ、僕はもう子供じゃないったら」
「なら子供みたいな真似はするんじゃない」
「本当に済まなかったと思ってるよ。すごく混乱してた。それで、自分だけの時間が欲しくなって。考える時間が欲しかったんだ」
「今度何か問題が起きたら、皆に言いなさい。手助けをするから」
「うん、でも…」
「そうするんだ。分かったね!」
出て行った理由を説明しなければとジョンは思った。
「僕の行動について説明させてよ。僕には、最近起きたあらゆることについてゆっくり考える時間が必要だった」
「我々に居場所を教えてはそう出来なかったという訳か?」
「連絡するべきだったと思ってるよ」
「よろしい。それで、やっと分かったのだね?」
「何を?」
「考えねばならなかったこととやらをだよ」
「うん、決めたんだ。これからはバンドとよりも家族との時間を長くしようって」
「バンドは辞めずに、だね?」
「もちろん」
「ふうむ、いいだろう。ルールを作ろうじゃないか。その1、マネージメントやバンド・メンバーに行き先を告げずに出かけるべからず。その2、何か問題があれば、共に解決するために、私に伝えるべし。その3、家族との時間を増やすのはいいだろう、だがバンドが君を必要としているときは、留まるべし。その4、出て行きたくなったら、今自分が間に合っているかどうかバンドに尋ねるべし。ルールを守ると約束してくれるね?」
ジョンは黙って頷いた。
「よろしい。さて、長い間留守にして、気分は良くなったかね?」
「うん、はっきり分かったことがあるんだ。特に、僕の望み、そして家族の望みやなんかが。それから、家族やバンドがどれだけ大切なのか発見できた。オーバーワークしすぎだったから、もっと自分を休めなきゃ、とも」
ジムは満足し、ジョンを行かせることにした。
「ジョン、君がここに来て説明してくれたことを本当に感謝するよ。だが、次は出て行く前にそうしてほしいものだな」
「そうするよジム。ありがと」
オフィスの外までジョンを見送ったジムは、彼が建物の向こうへ消えるまでじっと見守っていた。
ジョンは家へと車を走らせながら、学んだことについて考えていた。発見したのは、自分がどれほど家族を愛しているのか、どれほどバンドを大切に思っているのかということだった。共に人生の重要なパートを占めていて、もう彼ら無しには生きて行けない。これからは、愛するものたち、友人と呼べる者たちをもっと大事にしよう。不意に彼は悟った。富や財産なんて必要ないんだ。家族と友人達がいてくれるのだから。
[End]
|