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Eternal Wings
Under Pressure
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Written by Anja Geenen (translated by mami)
Chapter Four
ダディが行ってしまってどんな気持ちなのか、誰も僕には聞いてくれない。
僕がまだ幼くて、何が起きたのか理解するのは難しいって、皆思ってるんだ。
ヴェロニカが休めるように配慮して、叔母ジュリーはロバートと弟妹たちを家に連れて行った。しかしロバートには疑問だった。ずうっとダディを心配し続けているママが、休むことなんて出来るんだろうか。両親がひどい喧嘩をして、父が出て行ったということは、彼も分かっていた。ダディがどこへ行ったのか、いつまた帰ってきてくれるのか、誰も知らないなんて。ロバートは父に激しい怒りを覚え、母が可哀想になった。
まだほんの子供かもしれないけど、僕だって何かしたい。でも、何を? 今彼に出来ることといえば、小さな弟たちや妹の世話だけだ。両親が離婚するのではないか、ロバートはそれを一番恐れていた。ダディにはほんとに腹が立つけれど、やっぱり好きだし、側にいて欲しい。僕も弟や妹たちも、ただ構って欲しかっただけなのに、ダディはもうそんなことすらしてくれなかった。クイーンのツアーから帰ってくると、ダディはとても変になってた。何度祈ったろう。一緒に遊んでくれる、ごく普通のダディになって欲しいと。ママが夕食をテーブルに運んでくれるとき家にいるような、普通のダディに。弟のマイケルも同じ思いなのをロバートは知っていた。でも、ダディはクイーンっていうバンドのベーシスト。有名人なんだ。それすらもロバートには誇らしいことではなかった。学校でからかわれるだけだから。父親が有名だという理由だけでロバートと友人になりたがる連中もいて、悩みの種でしかなかった。今、ダディはいなくなったが、悩みは前よりも深くなった。彼に出来るのは弟妹たちの世話をしながら、父の帰りを待つだけだった。
* * *
柔らかな夕闇が広がる頃、電話が鳴った。
受話器を取る女性。
しばしの沈黙の後、話し始める電話線の向こうの男。
穏やかで優しい会話。
通話を終えて、女性は受話器を元に戻した。
彼女は満ち足りていた。
* * *
ヴェロニカはジュリーに電話し、ジョンから連絡があったことを伝えた。ジョンがもうすぐ帰ってくるから、なるべく早く子ども達を迎えに行くと。ジュリーは異を唱えた。私が子ども達をそっちへ連れて行くわ。兄さんに直接会って、一体全体何を考えて家を出たのか問い正したいもの。ジュリーはそう言い、ロバートに受話器を渡した。
『ハイ、皆元気にしてる? 弟たちの面倒をちゃんと見てる? ジュリー叔母さんが明後日あなた達を家に連れて帰ってくれるわ。その頃ダディが帰ってくるのよ。ダディを空港まで迎えに行かなくちゃいけないんだけど、一緒に来たい? 来たかったら、マイクもジョシュもローラも皆で行きましょう。いいわね? ママ愛してるわ!』
ロバートの胸は躍った。ダディがうちに帰ってくる。彼は走っていって弟妹たちに話した。明後日僕らはママと一緒に空港へダディを迎えに行くんだよ。そうなんだ、ダディが帰ってきてくれるんだ。その知らせに喜んだロバートだが、まだ複雑な気分でもあった。父が出て行ったことに対して未だに怒りを覚えているせいだった。しかし、戻ってくると分かって非常に嬉しかった。ダディがいなくて寂しかった。ダディにいてほしい。ロバートは今から空港へ行くのが待ちきれなかった。
クイーン・オフィスの空気は興奮に包まれていた。ジョンから連絡があり、明後日帰宅する予定であると、ヴェロニカが電話してきたばかりだった。皆、彼が無事に戻ってくることを喜んでいる。ジムの心配は怒りに変わりつつあった。ジョンが帰宅することを知ると、なぜ彼が出て行ったのか、なぜ連絡してこなかったのか、一層気になってきたからだ。これほど皆が心配しているのが分からんのか? ジムはジョンへの説教をすでに考えていた。すべての質問に答えるまでは返さんぞ、ジョン。もう二度とこんな真似をしでかさんように、こんこんと言い聞かせるからな。しかしとにかく、ジョンが帰ってくる喜びの方が大きかったので、彼の不在時に連絡を取った人々に報告を始めた。ジョンの帰宅の事実だけを伝え、自身の感情は隠していたものの、電話を受けた者たちにはジムの喜び様が手にとる様に分かってしまい、バンドと彼の繋がりの深さが垣間見られた。クイーンと働き始めた時から、彼らの間には温かい友情が育っていった。ジムは彼らを愛し、世話を焼いた。ある意味で彼らはわが子のようであり、この仕事が好きだった。親のような立場になることは厭わなかった。それで楽しかったのだから。そしてジムは親が子の心配をするように、彼らが気がかりだった。自分からの指導などバンドには不必要だと分かってはいたが、今ジョンに諭すことは理に適うと思った。他のメンバーに対しても、同じことだ。こういうことは二度とあってはならない。この種の混乱はもうご免だ。このような状況を避けるあらゆる手立てを考え、可能な限りの解決法をひねり出し、バンドにはっきり分からせなければならない。ジムは思った。うまくいくだろう、連中も分かってくれる。ジムは一番後でメンバー達に連絡を入れた。この良い知らせを初めに受け取ったのは、ロジャーだった。
止してくれ、ジョンの話はもういいぜ。
受話器からジムの声を聞いた時、ロジャーはそう思った。挨拶の後でジムは、ジョンがまっすぐうちに帰ってくるとロジャーに伝えた。ようやく、マシな知らせか。いいだろう、これで終わりってわけだ。全部うまくいったんだ。ロジャーは電話を取る前にやりかけていたことに戻った。ジョンが無事に帰宅するという知らせが徐々に心に沁み込んでいくにつれて、ロジャーは自分がひどく喜んでいるのを認めざるを得なかった。あのロクデナシが。今度会ったら大バカモノだって言ってやるからな。二度とこんな真似が出来ないように、ボコボコにしてやる。笑い話にはほど遠い今回の状況に、ロジャーでさえ日増しに心配が募っていた。多くの感情が交錯して、うまく説明できない。怒り、苛立ち、そして今は満足感。嬉しいのか腹が立つのか両方なのか、定かではなかった。もう深く考えるのは止そうと努めた。彼が冷血な人間だという訳ではない。ただ、すべてに当惑していたからだ。だが、脳裏から離れないと分かったとき、今度は新しい状態に集中しようと試みた。ジョンが帰ってくるということ、彼は無事だということに。
次にジムから電話を受けたのはブライアンである。その良い知らせを聞いた彼の第一声は、ありがたい!だった。ブライアンは未だに、すべてを置き去りにして出て行ったジョンに対して少しばかりの後ろめたさを感じていた。クイーンのツアーの終わり近くに彼と口論したことが何度となく頭をよぎった。プレッシャーがジョンの上に圧し掛かっていたのを知っていたのに、それを悪くするような喧嘩をしてしまった。あんなこと言わなければ良かった。ブライアンはジョンに対してひどい台詞を口にし、そのことを悔いていた。早くジョンに会って話そう、済まないと思っていると。しかし一方でジョンもまた、ブライアンの気に触る言葉を口に出していた。あれは謝ってもらわなくちゃな。そして、ジョンがこれほど突然姿を消したことも腹立たしかった。眠れない夜が続いたのだ。留守の間、家で何が起きるか考えもしなかったのか? 自分のことを心配してくれる人たちがいると分からなかったのか? 少なくとも、なぜ出て行ったのかは知りたい。ブライアンはそう思った。僕との喧嘩のせいなのか、それともヴェロニカとの? あるいは、プレッシャーに耐えられなくて? ならどうして助けを求めなかった? 手を差し伸べてくれる人なら、周りにたくさんいるじゃないか。喜んで手助けしてくれるだろうに。僕ならそうしてやったさ。とにかく、戻ってきたら質問が山ほどあるんだからな、ジョン。
フレディは、最後に電話を受けた。受話器を取ったのはフィービー、フレディのパーソナル・アシスタントのピーター・フリーストーンだった。ジムの言葉をじっと聞いたあと、彼はフレディを探しに行った。フレディはこの知らせに顔を輝かせた。まったく異なる世界に住んでいながらも、彼が常にジョンを好いていることをフィービーは知っていた。フレディが喜ぶだろうことは予想していたが、これほどまでとは思っていなかった。おそらくジョンはフレディにとって、彼が表で見せる以上の存在なのだろう。僕がジョンを庇うのは、バンドをうまく機能させるためさ。フレディはいつもそう語っていた。お互いに庇い合ってこそ、真のバンドだと。メンバーは平等で、皆が等しく仕事を分担しているのだと。確かにそうだが、多分、フレディはブライアンやロジャーよりも、ジョンを護ってやるのが好きにみえた。フレディはいつでも、ブライアンとのミュージシャン同士の関係を尊重していたし、ロジャーはふざけ合いができる相棒で、ジョンはただ、ジョンだった。いつも物静かだが、強さも合わせ持っていて、そんなところにフレディは惹かれていた。確固として自分のやり方を貫く部分に。ジョンは自分自身でいることを怖れない。それがフレディは好きなのだと、フィービーは知っていた。フレディがジョンを庇うのは、彼が一番若く、一番後から入ったからだろう。ジョンは他のメンバーに追いつくために奮闘しなければならなかったから。フレディとブライアンは共に多作で、強烈な曲を書いていた。ロジャーは熱狂的なパワーがあり、力強くあり続けることが理想でもあった。そして、フレディ、ブライアン、ロジャーは共に活動し始めて1年経っていて、ジョンの前にも何人かベーシストがいた。ジョンが部外者のように感じていたとしてもおかしくはない。彼らはジョンが追いつくために手助けを惜しまないつもりだったが、一流になるにはかなり懸命に努力しなければいけないだろうと分かっていた。実際、ジョンは頑張った。水準以上に。ジョンが出て行ったことに対してブライアンが後ろめたさを感じていることをフィービーも知っていたが、フレディはどうなのかは彼には分からなかった。フレディはヴェロニカに会いにディーコン家を訪問し、戻ってきた時ひどく嬉しそうだった。何を話してきたのかと尋ねても、答えてくれなかった。何が起きたのか、フィービーには分からなかったものの、これで大丈夫だと思った。
* * *
再び普通の家庭生活に戻れることをヴェロニカは心待ちにしていた。子ども達も恋しい。夫も恋しい。この2日のうちにすべてが元通りになることがすごく嬉しかった。ジョンが帰宅するという良い知らせが彼女に強さを持たらし、義母の助けを借りて、家中の掃除を始めた。夢中に体を動かすことで、厳しく辛い状況をつかの間忘れることができ、人生がまた輝き始めた。ジョンが帰った後の事は考えないようにしていた。今まで通りの平穏な生活を始めるにはまだいろいろあるだろうし、いろいろな事を話し合わねばならない。また何か起きるのではと彼女は恐れていた。深く考えないようにしなきゃ。あとでじっくり考えて話し合う時間があるわ。ジョンの母モリーも、息子に尋ねるべき言葉を考えていた。戻ってきたら、全部説明してもらいますからね、ジョン。二人の女性は家中を清掃し、すべてが正常に戻ったことを喜んだ。掃除を終えて二人は笑みを交わした。互いの考えが手にとるように分かる。二人にとってひとつだけはっきりしていたのは、今回の状況が彼らを今まで以上に親しく結びつけたということだ。お互い好意を抱いていたし、尊敬もしていた。だが今、完全に理解し合えたのだった。二人は共に、愛する子供たちの面倒をみなければならない心配性の女性である。ジョンが突然出て行った時、ヴェロニカがどう思ったのか、モリーにははっきり分かった。また、彼女の強さも確信した。ヴェロニカはどんな悪い状況にも耐えられると。この試練に立ち向かい、いくつかの問題を解決した彼女に賞嘆を覚えた。ほんと、申し分のない女性と結婚したわ、ジョンは。温かな心と、雄々しい強さを併せ持つ女性。
ヴェロニカなら、その辺にいるどんな男たちよりうまく生きていける。強い男というのは、人生に関してはそうじゃないもの。モリーが一番ありがたく思ったのは、ヴェロニカがジョンを大切に思っていてくれることだった。なぜなら彼女自身が心底そうであったから。
モリーとヴェロニカは座ってお茶を飲みながら話をした。ようやく、日常的な会話が戻った。ジョンが帰宅するという知らせに二人ともほっとしていた。この数週間、家の中で感じられた緊張感が、1本の電話とクリーニング・フォームですっかり消え去り、洗い流されてしまったようだった。そしてモリーとヴェロニカは、明後日を待ちわびていた。ジョンが再びこの家に戻ってくる明後日を。
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