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Chapter 1 Chapter 3

永遠の翼〜
As A Star Must Fade ― 消えゆく運命(さだめ)の星なれど ―
Written by Anja Geenen (translated by mami)

Chapter Two : ラスト・ファイト

Part One : 声明

何故フレディはこんなにも長く、身近な同僚や友人達にすら口を閉ざすのだろう? 僕たちはそんなに信用ならないのか?それとも、彼自身、真実と向き合うことを怖れている?プレスを遮断する気持ちはよく分かったものの、ジョンには理解しがたい決断だった。秘密を守ることは難しい。なのに家族にすらいえないでいるというその事実が、ますます混乱をもたらしていた。 ジョンは窓の外に目をやった。車はガーデン・ロッジに向かっている。フレディの側近たちはまだそこに住んでいた。フィービーから、忘れ得ぬ思い出を語ろうと誘われたのだ。お互いに支え合うために、フレディの言い付けどおり、シャンペンを飲み彼の人生を祝福するために。
『僕が死んだら、シャンペンを飲んでおくれよ』
フレディは言っていた。だがジョンはあまり飲みたい気分ではなかった。もうその道中にあってさえ、ガーデン・ロッジへ行きたいのかどうか自信がなかった。心に留まっていたあの声明の記憶が甦り、ジョンは声明とその余波について思いを巡らせた。

* * *

フレディはとうとう、ケンジントンの自宅にメンバーを呼び寄せた。決心したのだ。静かな会話がリヴィング内に満ちていた。今はこのような良くない知らせを彼らに伝えるときではないかもしれない。でもフレディは伝えねばならなかった。長い間考えた末、もうこれ以上秘密にしておくことができないと思った。病は彼から力をどんどん奪っていた。体は弱まるばかりだ。彼の体調や外見に関する噂がクイーンの内部にまで蔓延していることも分かっている。3人が知りたがっていることも。ブライアンは始終家にやってきた。ロジャーはスタジオで何度も真相を突き止めようとしていた。ジョンは何も言わなかったが、フレディは彼の懸念溢れる視線を感じていた。最も近しい同僚達をずいぶん長く待たせてしまった。今こそ、彼らも真実を知るべきだ。フレディは咳払いをした。居心地の悪さが身体中を駆け巡る。いぶかしげな3組の目が彼に集中し、次の言葉を待っている。ブライアン、ジョン、ロジャーの顔を見回して、フレディは始めた。
「たぶんもう、どうなっているのか知ってるかもしれないけど…」
3人は静かに頷いた。
「今日話をしたら、もう二度とご免だから。内密に頼みたいんだ、いいね?」
フレディの瞳が3人の同僚を探った。彼は混じりけのない誠実さを求めていた。秘密は厳守してもらいたかった。
「誰にも話さないでほしい。家族にも。約束してくれるね!」
束の間、ショックでしんと静まり返った。それからロジャーが言った。
「そんなもんどうやって秘密にしとけるってんだよ、フレディ」
フレディはいらいらした表情でロジャーを見て、答えた。
「いいからそうしてくれよ」
ロジャーは何も言えずに頷いた。ブライアンとジョンも同じだ。同意が得られたのを確かめてから、フレディは続けた。
「ねえ皆、来るべきものが来たってことさ。僕はただ、くたばっちまうまで、音楽を続けていきたいだけなんだ。だからこの午後のことは忘れて、やっていこうよ、ね?」
再び、3人は頷いた。それから彼らは飲みながら静かに会話を続けたが、フレディの病のことは二度と口にしなかった。そして何事もなかったように、何事も言い交わされなかったように、家に帰った。決定的に変化した状況は不安を呼んだが、またひとつ別の闘いが始まったのだ。壁を背にしての、新たな闘い。プレスや外の世界、自分達の能力に対する闘いだけではない。病との、そして、時間との闘い。彼らの友情と『不滅の名声』のための、闘い。

変わったものは? 当然ある。フレディが答えなかっただけ。フレディは何も変えようとせず、仕事に精を出していた。やりぬく目的を得たからだ。今回は勝ち目がないと分かっている。だがそれでも、勝たねばならなかった。負けるしかない物事に。おとぎ話を続け、真実を包み込むやり方を彼は選んだのだ。後戻りはできない。ぎりぎりまで自己を覆い隠そう。まだベストを保てるうちに。まだバンドと共にいられるうちに。勝算のない闘いだとしても、フレディは最後まで諦めたくなかった。自分やバンドが今も健在だと、今も勝者であると、世界中に知らしめたかった。劇的な終局に向かっての作業が彼らを勤勉にしていた。共に過ごし静かに仕事を行うときの彼らには、その瞬間以外見えていない。それは明日かもしれない。それならば今日は、魔法を続けなければ、と。

* * *

とても不思議な時期だった。思い返すと、まるでそこだけ記憶が失われているような気もして、ジョンは居心地の悪さを感じた。すべてを求めるには余りにも短かった日々。プレスはかつてないほど煩わしくなり、彼らの人生を悪夢に変えた。ジョンにとって最も苦しかったのは、家族に対して秘密を抱えねばならなかったことである。皆、何かがおかしいと気付いていたのに、何も言えなかった。約束したからだ。夢と現実の狭間を、彼は歩き続けていた。嘘と真実の狭間を。

Part Two : 心の絆

ジョンはまだ、ガーデン・ロッジへ向かう車中にいる。彼の脳裏は幾百の事柄で占められている。溢れんばかりの記憶。あの声明の後、物事は変わった。それは確かだ。フレディは今まで通り振舞おうとしていたが、ジョンにはとても無理だった。彼らの絆は固く、あの時期だったからこそ学べたことも多かった。あれほど強い友情を感じたことはない。だがそれだから余計に、今の喪失感は大きい。とても大切な、とても特別な友を失ってしまった。今もなお、生きぬかねばならない人生があり、知らねばならない自分自身がいるのに。過去を振り返れば、自分に似た誰かがいる…持ちこたえよう、決断しようともがく誰かが。何が嘘で、何が真実だというのだろう?

* * *

「ねえフレッド、人生にはね、仕事よりも、もっともっと大切なものがあるんじゃないかな」
フレディの"夫"、ジム・ハットンは言った。フレディは皿の上の料理を弄んでいる。ジムとはクラブで知り合い、惹かれた。パーソナル・マネージャーのポール・プレンターを送る代わりに自分からアプローチしたのは初めてだった。ジムは興味薄げに彼を見やり、あっちへ行けと言った。次のアプローチはクラブを何件か回った後で、今回はうまくいった。新しい関係が生まれた。フレディはジムの中に、自分が得たかった、だが認めるのに何年もかかった、強い男性像を見つけた。愛の告白といったものはなされず、フレディがジムを自ら生み出した王国へ招き、部屋を用意しただけだった。
「分かってるよ」
フレディはため息をついた。このささやかな世界にいるとき、彼はまるで子供のようだった。もっと大きくしたいと願ったこの世界だったが、もう成長することはない。彼の人生の幕は閉じようとしている。だからこそフレディは、全精力を傾けて仕事に打ち込んでいる。時には周囲の人間の存在を忘れてしまうほどに。ワイルドなパーティーなど問題外、友人はたまに呼ばれるのみで、大抵の者たちは脇にどかされていた。選択は王者に委ねられているのだ。
最も身近な同僚/友人でさえそう頻繁には来ていない中で、ジョンだけがガーデン・ロッジへ仕事をしに訪れていた。ジョンは奇妙さをぬぐえなかった。全ての状況は変化し、何が問題なのかもう判明している。フレディはHIVポジティブなのだ。だが彼はそのことについて何も話そうとせず、昔どおりに仕事をしたがった。フレディと共に働いてきた時間は、愉快なジョークが飛び交う楽しいものだった。彼はその通りに続けたいようだったが、ジョンはそれが良い考えとは思えないでいる。休まないでいいのかと尋ね続けていると、ついにフレディが苛立ってきた。
「聞きなよジョン、僕は君に面倒見てもらわなきゃならない病人じゃあない。今までやってきたことを完璧にこなせるんだ。どれくらいやれるかは、僕自身がよく知ってるさ」
「ならいいんだけどね」
ジョンはそっと呟いた。フレディは聞えたぞとばかりにちらりとジョンを見た。
「さあ、仕事仕事。やることは沢山あるんだから」

とある祝日
ポンドは急落 子供たちは大騒ぎ
相方は逃げちゃった
有り金全部を持ち出され ゴミ溜めに残されたきみ
胸がズキズキするのに医者はストライキ
きみに必要なのは休息さ
困ったことだよね
だけど信じられる友だちがいるじゃないか

友だちはずっと友だち
愛に飢えて寂しいときには思い遣ってくれるよ
友だちはずっと友だちさ
長い人生 希望が全く無くなっても
両手を差し出してごらん
どこまでも友だちは友だちのままだから


本当にそうであればいいと、ジョンは心から願った。友人達への願いを込めて書いた曲だった。自分が必要としているときに、友達でいて欲しいと。ジョン自身、幾人かの為に友情の誓いを立てた。フレディに対しても、面と向かってではないが、密かに誓った。フレディは僕の心の中の誓いに気付いている。ジョンにはそう思えた。僕がいるとフレディはとても楽しそうだから。僕がいて喜んでくれているみたいだから。

さあ素晴らしい一日だ
ポストマンが恋人からの手紙を持ってきた
でも電話番号が見付からない
彼に電話したいのに誰かが番号を盗んじゃったんだ
でも実際はだんだん慣れて来てるじゃない 彼無しの生活に
そう 心配はいらないよ
だって信じられる友だちがいるんだからね

友だちはずっと友だち
愛に飢えて寂しいときには思い遣ってくれるよ
友だちはずっと友だちさ
長い人生 希望が全く無くなっても
両手を差し出してごらん
どこまでも友だちは友だちのままだから


バンド内で、奇妙な変化が見られた。以前ジョンはフレディよりもブライアンと一緒にいる時が多かったのだが、そうではなくなってきたのだ。ブライアンとロジャー、フレディとジョンの組み合わせがより緊密になった。ジョンはフレディのあらゆる言動を尊重していた。フレディはジョンが揺ぎ無い態度で側にいてくれることが気に入っていた。彼を頼り、信じていた。ジョンはフレディの続けようとする意思の強さを崇拝していた。一緒にいるのが楽しい二人だった。信頼し合い、共に良く働く二人だった。

簡単なことなんだ だって信じられる友だちがいるんだから
友だちはずっと友だち
長い人生 希望が全く無くなっても
両手を差し出してごらん 最後まで友だちは友だちのままだから
友だちはずっと友だちさ
愛に飢えて寂しいときには思い遣ってくれるよ
長い人生 希望が全く無くなっても
両手を拡げてごらん どこまでも友だちは友だちのままだから
どこまでも友だちは友だちのままだから


この曲を提案したのはフレディだ。すごく気に入っていたのだが、まだ終えていなかった。フレディはジョンと一緒に完成させたかった。
「ジョニー、今日の午後うちに来ない?あの曲を作ってしまわなきゃ」
ジョンは了解したものの、なぜフレディがブライアンやロジャーではなく自分にばかり声をかけるのか不思議だった。彼がブライアンやロジャーの作曲能力をいかに高く評価しているか、よく知っていたからだ。ガーデン・ロッジに到着するなり、彼は最初に聞いてみた。
「あの曲を完成させるのに、なぜ僕を呼んだんだい?」
フレディはただ笑ってこう言っただけだった。
「お〜や、分かってるだろダーリン。さあ入った入った」
片手を一振りして、彼は質問を脇にどけてしまった。後に受け取った答えは、文字通りではなく、単語の中に隠されていた。フレディはしばらく考え、にっこり笑ってこう言ったのだ。
「ブライアンは有能だけど、やることが遅いよね。ロジャーもだ。冗談言ってるか喧嘩ふっかけるかだもの」
ジョンも微笑み返した。フレディを信じるしかなかった。

「ねえジョン、これはいい曲だよ。僕はすごくイカすライターだと思わない?」
ジョンは頷き、歌詞について話し合うことにした。
「この歌詞好きだよ、フレッド。とても正直なところが良いね。本当にこんなだといいなあ」
今度はフレディが頷く番だった。
「うん、僕もそうだといいなと心から願っているんだ」
「フレディ、約束する。必要なときは僕、側にいるからね」
フレディはこれを聞いて嬉しそうにしたが、それでも時折、助けが必要な自分を認めるのを拒んでいた。気分なんて悪くない。大丈夫だと思ってさえいれば、なすべきことを続けられる。フレディはそう思っていた。

思い返せば不思議な曲だ。だがジョンは今でも、この歌詞には頷けた。時が経つにつれて一層はっきりとした意味を持ってくる。これはまだ何が起きているのか分からず、不自然さを感じていた頃に書かれたものだ。知ってしまった今も友情は残っている。ずっと堅固な形で。

体内からエネルギーが尽きることなく溢れているフレディの様子は、驚異的だった。だがジョンは、とても力強いその姿に、彼が身体を酷使しているのではないかと危惧した。フレディは何事に対しても愚痴を言わない人間だ。苦しい闘いの最中でさえも。ジョンに言ったのはただこれだけだった。
「死んだことで人に覚えられるのって嫌だな。僕がやってきたこと、僕の音楽で、覚えていて欲しい。おばあちゃんのネコのためにこんなに一生懸命働いてきたんじゃないんだからさ!」
「もちろんだよ、フレッド」
ジョンはフレディに同情していた。辛く苦しいのは病気との闘いだけではない。プレスともだ。フレディは噂を嫌った。たとえそれが真実であったとしても。さらに家族や友人にプレスの危害が及ぶことを嫌悪していた。病気のことをまだ知らない多くの者たちを、そのままそっとしておきたかったのだ。ジョンはどう言ってよいのか分からなかった。話すことはもうあまりなかった。居心地が悪くなり、苦痛を感じるようになってきた。急に活力が増して来たように、フレディが張り切り出した。
「しっかりしなよジョン、まだやることは沢山あるんだ。あの曲を仕上げちゃおうよ」
その言葉はジョンに、『心の絆』を共作した時のことを思い起こさせた。彼に伴って大きな部屋に移動した。仕事場だ。窓の傍にはピアノが置かれている。外からの美しい白い陽射しがピアノに反射していた。まるでおとぎ話のような眺め。ジョンは別世界の人間になったような気がした。フレディはピアノに向かい、沢山の紙を台に載せた。紙が多すぎてほとんどが床にこぼれ落ちる。ジョンはピアノの傍へ行ってそれらを拾い上げ、書かれたものを読んだ。フレディは上機嫌で、仕事モードだ。その彼に追いつくのはいつも大変だった。曲の合い間を飛び回る彼の作業のスピードと言ったらなかった。
数時間作業が続くと、フレディは飽きて来たらしく、ジョークを飛ばしたり遊び回ったりし始めた。そろそろおしまいにするころだとジョンは思った。また明日やればいいだろう。だがジョンが会話を始めようとしても、ハイになっているフレディは止められなかった。フレディは少しもじっとしておらず、あたりを飛び回っては早口で喋り、部屋中の物を動かしていた。まもなく模様替えが済んだ彼は結果を眺めた。そしてまた元通りに直して、疲れ切ってようやく腰を降ろした。もう何もしたくないといった風だった。ジョンはチャンスだと思って会話を始めた。
「フレッド、『心の絆』を書いたのには何か特別な意味があったの?」
フレディはジョンを見て、考えこんだ。

フレディは答を与える事なく、幾百もの言葉を駆使することもできる。ジョンはまだ何も分からない。フレディの苦難を読み取ることができればいいのにと思った。真実を。恐らくフレディは、僕と同じように、嘘と真実の境界を探しているんだ。大変なことだ。プレスが新しい真実、新しい嘘を生み出し、まったくの別世界を生み出している分、余計に難しい。今いる場所に何ひとつ確かなものはないのだから。いや・・・「ほとんど」と言い替えるべきか。ジョンは友情だけは確信していた。ある意味で少しうしろめたいものでもあるのだが。フレディとジョンがお互いに緊密になるにつれ、ブライアンとロジャーは自分達が忘れられ必要とされていない存在だと感じるようになっていた。ロジャーはフレディにあらゆる協力を惜しまず、ブライアンは家を訪れては何か必要なものはないかと尋ねていた。ジョンはただそこにいて、フレディと仕事したり喋ったりしているだけだった。何も悪いことは起きていないかのように。ジョンはブライアンやロジャーに申し訳ない気分になった。先にフレディと知り合っていた二人を遠ざけてしまっているような気がした。とても特殊な、同時に当惑する状況だった。ジョンがやろうとしていたのは、友情を感じること、フレディの言動を理解することに過ぎない。ただ、見つけ出したかったのだ。真実を学び、嘘を葬る道を。自分が誰なのかを知り、この状況に打ち勝って生き抜いていかねばならないから。

「ジョン、君は僕があまり他人を近くにこさせないこと、知ってるよね?」
フレディが切り出したこの言葉に驚いて、ジョンは顏を上げた。フレディらしくなかった。こんな風に自分の感情を口にすることなんて無かったのに。ジョンは頷くしかなかった。それは本当のことだったからだ。ほんの少数を除いて、フレディは決して他人を側に近づけなかった。彼はエニグマなのだ。解も答も、質問さえ無用の存在。誰もなし得なかったことをやってのけながら、本意ではないと、君が思っているような人物ではないと言ってのける男。未知の人間。彼は隠れることを好んだ。財産に埋もれ、大邸宅で助手や側近に囲まれながら。彼は根っからの王だった。だがいつも、手に入らなかった何かを探している。誰かが与えてくれるはずだと思いながら、それが誰なのか分からない。ジョンはフレディが何を考えているのか知ろうとした。しばしの沈黙のあと、思い切ってこう言った。
「続けてよ…」
フレディは自らの夢から醒め、悲しみと嘘に満ちた世界に戻った。この世に安全なものは何も無い。人々は人生にずかずかと入り込み、友人は見付けようもない。彼は傍らの年若い男を見た。穏やかで、冷静で、動じないジョン。叶えたかった新たな夢の、礎。彼にだけは何か言っておきたいとフレディは思った。大切なことを。
「このバンドは人生なんだよ、ジョン。そう、僕の人生。他の場所では生きられない。バンド無しじゃ息もできない。僕にとって、バンドはそういうものであって欲しいんだ」
ジョンに理解してもらおうとは思っていなかった。彼自身もよく分からなかったからだ。ただこれが真実であることだけは確かだった。
「ジョン、僕は自分のやってることが好きなんだ。もうこれ以上やれないって時までずっと続けたい。それが済んだら、さよならさ」
ジョンはバンドのリーダーを見詰めた。あまりにも小さくなってしまった、彼。二人は静かに床を眺めながら、自分達の夢、自分達の希望を数えた。まだ生き抜かねばならない。まだ闘わねばならない。僕たちが欲しいのは真実だけ。友情の絆だけ。

* * *

思い返して、ジョンは微笑んだ。車は家の前まで来ていた。ドアまであと数メーターだ。何人かが集まり、喋っている。 車から降りるとまだ寒かった。風に顏を打たれて彼は震えた。ポケットに手を突っこんで、なるべく早く家の中の暖かさに触れようとドアに急いだ。広い廊下で人々はシャンパンを啜りながら立っている。沢山の人をかき分け、ジョンは知っている人物を探した。しばらくしてから彼自身もシャンパン片手に、フレディを語る者たちの仲間入りをした。

Part Three : ザ・ショウ・マスト・ゴー・オン

全員が何事もなかったかのように語り合っていた。まるでフレディが今ここにいるかのように。だがブライアンは非常に静かで、ロジャーのいつもの可笑しいジョークも影をひそめている。ジョンは部屋を見渡し、人々が語り、飲み、礼儀正しく微笑んでいる様子を眺めた。まだ若かった頃、クイーンに入り立ての頃、僕はこんなことを夢見ていた訳じゃない。ジョンは今でも、クイーンに与えられたものよりも、穏やかな家族との生活を好んでいた。ジョンの心はフレディとの最後の魔法の瞬間へと飛んだ。思い出す度に驚きを隠せない。あんなに弱っていたにも拘わらず、フレディはなんと多くの魔法を与えてくれたことか。

* * *

「『カインド・オブ・マジック』じゃないよな」
フレディがボーカル部分を歌い終えた後、ロジャーが言った。
「ああ勿論、これは『ザ・ショウ・マスト・ゴー・オン』だよ」
ブライアンが可笑しそうに言った。ロジャーは彼に向かって舌を突き出し、コントロール・ルームへ入って来たフレディの方を向いた。
「良かったよ、フレッド」
ブライアンが感心したように言うと、ロジャーも頷いた。
「サイコーだぜ」
ジョンはただそこに腰かけて、フレディが歌に与えた魔力を楽しんでいた。ブライアンとロジャーの言う通りだ。
「ありがとう、ダーリンたち」
フレディらしからぬ言葉だった。いつもなら感謝の言葉など口にせず、ただ「分かってる」とだけしか言わないのだ。フレディはいつも自分の能力を完全に把握していて、それがある種のごう慢さを漂わせていた。今も自分の力を疑っている訳ではないのだが、「分かってる」という言葉は自分の気持ちをきちんと表していないとフレディは思ったのだ。まだ声が出ることに感謝したかった。それも、ますます素晴らしくなる声に。少しでも声が出る以上は、最後まで歌い続けたいと願っている。テープが巻き戻され、音楽がスタートした。まずはベースライン。それからフレディのボーカル。コントロール・ルーム中を舞い踊るそれは、人々を感動で震えさせ、消えかけた希望に光をともし、勝利を目指してなおも闘い続ける手負いのシンガーを際立たせている。まさしく真実である言葉が神々しい声で紡がれ、より深い意味を、すべてを形作っていた。背景は完璧だ。まだ未完ながらも素晴らしい出来具合。まさしく『ザ・ショウ・マスト・ゴー・オン』。

ジョンは満足していた。相応しいと思えた。まだ、前日にベースラインを入れ、今日スタジオに来る事が出来たフレディにボーカルをレコーディングしてもらっただけの曲だ。作業工程は変わってきていた。以前なら最初にベースラインとドラム、それからフレディがボーカルを加え、ブライアンのギター・ソロが最後に入ったものだった。それからミックスして正式に曲としてまとめあげ、ようやく完成する。この工程は今では不可能に近かった。フレディは、歌える時しかスタジオに来る事ができなくなっていた。歌いたい曲を可能な限り選ぶと、ベースラインより先にボーカルを入れることもあった。恐らくもうフレディには、レコーディングにかける時間は残されていないのだとジョンは思った。そんな風に作業を進めるのは妙な気分だった。ベースをボーカルに完全に合わせなければならなかったが、それでもかなりうまくやれていた。ジョンはフレディの力とエネルギーに舌を巻いていた。身体があんなに弱っているのに、フレディはまだ闘っている。どこも悪いところがないように、仕事をし、レコーディングを続けている。しかも声は毎回どんどん良くなってきているのだ。彼が歌う時、それはまさに魔法の瞬間だった。コントロール・ルーム全体が彼の声に酔いしれた。力強く、希望に満ち、桁外れの声。泣きの歌声がジョンを骨の髄まで震わせた。何かに対してこれほどまで感嘆したことはなかった。近寄ることが出来ない。それが何なのかうまく言い当てることも出来ない。静かに耳を打つ歌声に震えた。鳥肌が立った。その声がもたらす力をジョンは愛していた。だが今は聞き手のエネルギーを吸い取り、さらに請わせている。ジョンにはどうすることもできなかった。もっともっと聞きたい。だがもうフレディは与えてくれはしないのだ。彼は激しい疲労を感じた。

「来るべきだよ、ジョン」
ブライアンは熱かった。
「素晴らしいんだから」
『ザ・ショウ・マスト・ゴー・オン』を完成したと、彼は言っていた。フレディとジョンがスタジオを出た後、ロジャーと二人でやり終えたらしい。完成したその曲は、確かに素晴らしかった。とてもぴったりくる。フレディの荘厳な声が、楽器によってさらにパワーと魔力を増しているかのようだ。まさに傑作だった。ジョンは息を止めて曲に聴き入った。

虚ろな空間 僕たちは何を求めているのだろう
荒廃した場所 僕たちには理由が分かっているんだ
こんなに長く続けているのに
僕たちが何を探しているのか 知っている者はいるんだろうか
ヒーローがまたひとり 心無き罪がまたひとつ
パントマイムの 幕の後ろで
そのままでいい
これ以上誰が望むんだ


この曲の最初の部分は、どう感じているのかを正確に表していた。音楽と歌詞がぴたりとかみ合い、雰囲気を完璧なものにしている。ジョンはショウの前の興奮と、腹の底からこみ上げる緊張を感じた。未来は公平なものである。体は年老い、時間は、若くまだ美しく、自分達の味と選択能力を持った力強い若者たちのものだ。急に老いを増した、クイーンという名のバンドに、まだ余地はあるのだろうか?

ショウ・マスト・ゴー・オン
続けねば このショウを
心が張り裂けようと
化粧が剥げ落ちようと
僕の笑顔は絶えることはない


コーラスに差し掛かり、フレディが入ってくると、闘いの様が聞こえる。最も強く訴えかけてくる場所だ。自分達の過去をよく表している…そして未来も? そうであって欲しいと願う。この箇所は真実を物語っている。フレディの歌声は真に迫っている。

何がおきても 運を天に任せよう
心の痛みがまた一つ 失恋がまた一つ
こんなに長く続けているのに
僕たちが何のために生きているのか 知っている者はいるんだろうか
学んではいる
今は元気になってきたから
もうすぐあの角を曲がるんだ
外では夜が明けている
だけど僕は暗闇で自由を痛いほど求めている


もうひとつの真実。ブライアンが精魂を傾けたのが感じられる。だがこれは自分達皆の琴線に触れる部分だとジョンは思った。ブライアンの気持ちは、全員の気持ちでもある。僕たちは皆、闘っているのだから。誠実さと温かさを感じる歌だ。

ショウ・マスト・ゴー・オン
続けねば このショウを
心が張り裂けそうで
化粧が剥げ落ちそうでも
僕の笑顔はずっとそのままなんだ


再びコーラス。伸びのあるフレディの歌声が別次元へと誘ってくれる。まさしく、的を得た歌詞だ。ジョンの心は張り裂けんばかりにそう感じている。

蝶の羽のように彩られた僕の魂
昔のおとぎ話は消えることなく広がってゆく
ねえみんな 僕は飛べるんだよ


時間の翼、こなしたコンサートの数だけの自分達の翼、今だ抱いている希望の翼、過去の翼。これらは皆、おとぎ話として記憶されてゆく。ジョンは若い頃を思い返した。僕たちの飛んできた道はまさにおとぎ話だ。その過去の記憶が、再び僕たちに翼を与えてくれる。

ショウ・マスト・ゴー・オン
続けねば このショウを

笑顔で受け入れるんだ
くじけたりはしない
続けなければ


ますます強く、ますますパワフルになるフレディの歌声は高みに導く魔法だ。震えが止まらない。涙が流れる。ぐんぐん広がる音楽に、フレディの声が漂っている最も高い雲の上まで誘われ、そこからこのショウの最後の部分を見下ろす気分。

登りつめてやる
やりすぎで結構
続ける意思を見つけたいんだ
このショウを
ショウ・マスト・ゴー・オン


最後のフレディの声が雲から天へ上ってゆく。音楽が去ろうとしている。あらゆる魔法と力を彼に与えた音楽が。闘いはまだまだ続き…

…音楽が消え去った後、しばらく部屋は静まり返っていた。畏怖に満ちた長い沈黙。ようやく口を開いたのはロジャーだった。
「ワォ、俺たちってすごくないか?」
ジョンは音楽とフレディの途方もない歌声に圧倒されたままだった。言葉が見つからない。頭の中にはまだ音が渦巻いたままだ。これほど圧倒されたのは『ボヘミアン・ラプソディ』以来だと思った。まさにあの曲のように、魂を揺さぶられた。これこそ本物だ。

完全なる真実が、完全なる声によって心を込めて歌われた。痛み、恐れ、希望、意思の強さ…すべてが聞き取れる。今のクイーンの心情を誠実に物語る曲。

* * *

「シャンパンをもう少しどう? ジョン」
ジョンは驚いて顔を上げた、現実の世界に慣れるまで少し時間がかかった。シャンパンの瓶を手にしたフィービーが目の前に立っている。しばらくして、何を尋ねられたのかを思いだした。
「もういいよ、ありがとう」
にっこり笑ってフィービーは別のゲストに近寄っていった。ジョンはその様子をじっと眺めた。皆、語り合っている。フレディの古くからの友人、フレディの家族。彼は自分のグラスを見下ろした。シャンパンはいつのまにか無くなっていた。

Part Four : 輝ける日々

周囲の人々を少々煩わしく感じ始めたジョンは、家を出ることにした。考え事の出来る、平和な場所が欲しかった。広い廊下にたむろするシャンパンを手に持った人々の合い間を抜け出る。何事もなかったように、飲み語り合う人々。もうすぐフレディが降りて来て、懐かしいあの声で皆に挨拶するのではないかとまで想像できるほどに。
「いらっしゃい。シャンパンをどうぞ。沢山あるからね。やあハニー、元気かい?」
ジョンの目に涙が溢れた。そんなことはもう二度と起こりはしないのだ。昔に戻りたかった。もう一度、あの頃に。

* * *

それはごく普通の日だった。『輝ける日々』のビデオ撮りが始まろうとしていた。ブライアンからジョンの元に電話があった。今日は大丈夫だとフレディが連絡してきたので、ビデオを撮ろうとのことだった。最初はフレディだけが撮影に乗り気だった。他のものは皆、それが良い考えだとは思っていなかった。フレディにそれほどの体力があるようには見えなかったのだ。実際に彼はとても弱ってみえ、始終休息が必要だった。3人は『輝ける日々』のビデオを、『ザ・ショウ・マスト・ゴー・オン』のような作りにしようと決めていた。だがフレディは、古い映像を用いるより、自分達で新しく撮ろうと言って聞かなかった。
スタジオに着いたのは、ジョンが一番先だった。ロジャーがその後まもなくやってきて、それからブライアン、最後はフレディ。スタジオでは既にスタッフがステージのセッティングに忙しくしている。このビデオに必要なものはあまりない。ロジャー用のタムタムとハイ・ハット、ジョンとブライアンのための席の他に何もない、落ち着いたセット。これまでのものとは全く違っている。フレディの病状を出来るだけ隠すために、白黒で撮影しようと前日に話し合っていた。フレディは何も言わなかったが、ブライアン、ロジャー、そしてジョンは感じ取っていた。これが最後だと彼が思っていることを。ジョンの側にはロジャーがいて、同じようにセットを眺めていた。心をよぎる想いが、過ぎ去った日々を懐かしむ気持ちが、その表情に表れている。彼らは無言だった。この状況で言うことなどほとんどなかった。二人とも、何か特別なものが壊れ、消え去ってしまうのを怖れていた。歩み寄ったブライアンは、同じ感情を抱きつつ、静かに彼らを見詰めた。5年前、ネブワースでの最後のギグが思い出される。明確なる、だが望んだ訳ではない、終焉の予感が再び。
撮影の準備は全て済み、あとはフレディの到着を待つばかりとなった。スタジオ内は静かな会話で満たされたが、誰もが皆、今起こっていることについて言及を避けようとしていた。フレディがやってきた。少し疲れた様子だが、優雅に、王の風格を醸し出している。
「オーケイ、みんな。始めようじゃない」
彼は上機嫌だった。本当の感情を抑えているのかもしれないが、同僚たちには決して悟られないようにしていた。彼らに確かなことは、ただ一つだった。完璧にしなければ。完璧な、別れの挨拶に。

準備が出来たフレディがそこに立つ姿はとても小さかった。無防備で、か弱く、だが、力強い姿だ。驚くほど痩せてしまった彼は、穏やかだがひどく青白くみえる。骨ばった顔の中で、瞳が黒く光っている。とても強いものを宿した瞳。音楽が鳴り始め、ショウが始まった。最後のショウ、フレディの最後の挨拶。

時々僕は思うんだ
遠い遠い昔のことを
みんな子供で みんな若くて
何でもいつでも完璧だった
終わりのない日々 みんな夢中で みんな若くて
お日様はいつだって輝いていた 大騒ぎするためだけに生きていた僕たち
時々まるで分からなくなる
それからの人生はただのショウになっちゃったのかな


遠い日の思い出。楽しかった日々、素晴らしかった日々、勝利を祝った瞬間を思い出した。キングであり、クイーンであり、自分達だけの王国を持ち、ある時は世界のチャンピオンであったことを誇らしく思った。純真な夢と希望に満ちた、若かったあの頃。永遠に若さが続くと思っていたあの頃。だが彼らは奇妙な経歴をたどり、人生はショウになってしまった。僕たちは何なのだ? 自分達の夢、希望、感情のままに生きているのではなかったのか? 認められ、勝利を勝ち取りたいが為にだけ闘うアーティストに過ぎなかったのか? 金持ちになる為に稼いできた、ビジネスマンの集団だったのか?

僕たちの輝ける日々
悪いことなんてほとんどなかった
あの日々はもう消えたけど これだけは本当のこと
気付いたんだよ 今でも君を愛してるって


沢山のことが起きた。未だに不透明な出来事も多く、幻と消えたものも沢山あった。しかし一つだけ確かなものがある。それは、自分達を本当に愛してくれる人々の友情。

時計は巻き戻せはしない 潮の満ち引きを変えることはできない
残念なことだよね
ローラー・コースターで時を遡りたくなる
人生がただのゲームだった頃に
やってることをじっくり考える必要なんてなかった頃に
のんびり子供たちと楽しんでいると
時々まるで分からなくなる
くつろぎ流れに身を任せていていいのかなって


あの古き良き時代へ戻りたいと、4人は願った。すべてがシンプルで、不可能なんてないと信じていたあの頃へ。だが進まねばならなかった。過去は心に留めておかねば。戻れはしない。それでも過去と共に生きることは出来る。自分たちが作り得た世界を見ることは出来る。変わってしまったとはいえ、あの頃の魔法はまだ感じることが出来るのだ。

だけどこれが僕たちの今
急な時間に流されてしまっている
あの日々はもう消えたけど 残っているものがある
気付いたんだ 何も変わっていないことに
僕たちの輝ける日々
悪いことなんてほとんどなかった
あの日々はもう消えたけど これだけは本当のこと
気付いたんだよ 今でも君を愛してるって


もう何も言う事はないとフレディは感じた。あとはこの一言だけ…。

今でも君を愛している

フレディは瞳を閉じ、立ち尽くした。これで終った。やがて軽く頭を傾けてロジャーを見、それからブライアンを見た。かすかな笑みが浮かんでいた。意味ありげな笑みだった。ロジャーはまるで何かを恥じるかのように目をぎゅっと閉じ、頭を垂れた。ブライアンはフレディを正視出来ず、その場で居心地悪そうにしている。やがてフレディはため息をついて、優しくこう言った。
「さ、行こう。何か喉に流しこもうじゃない」
この言葉にジョンはハッとした。フレディは呪縛を、魔法を、解いてしまったんだ。彼がセットを降りてドアへと向かうのをジョンは目で追った。ロジャーを見ると、首を傾げていた。その目は驚きと混乱に満ちている。もしフレディが何も言わなければ、彼はあの魔法に圧倒されたままだったかもしれないとジョンは思った。ブライアンもロジャー同様、驚き混乱していた。当惑したように周りを見回し、次にどうなるのかを見極めようとしている。最初に持ち場を離れてフレディに続いたのはジョンだった。我に返ったロジャーは身じろぎし、自分の体がいかに強張っていたのかを知った。ブライアンは寂しそうにギターを見下ろした。まるで演奏を止めたのが自分であるかのように、悲しかった。しばらくして未練ありげにギターを置くと、ロジャーの後を追って、食堂へと向かった。そこではフレディとジョンが紅茶を飲んでいた。何事もなかったように、フレディは笑い、お喋りに花を咲かせている。だがテーブルの向こうの身体は脆く崩れ落ちてしまいそうだ。痩せて青白く、余りにもひっそりとしていて、目の周りの隈が疲れを物語っている。もう家に帰ってはどうだいと、ブライアンが申し出た。少しの間むずかっていたフレディだが、他の者たちが躍起になって勧め出したこともあって、諦めたようだった。ブライアンは僕がフレディを送っていくと言い張り、ロジャーが異を唱えても無駄だった。ジョンはそれで良いと思い、フレディに、またいつか行くからと約束した。フレディは嬉しそうに頷き、ブライアンに従った。二人が去った後、ロジャーとジョンは顔を見合わせた。お互い、フレディだけが与えてくれる魔法を、再び感じることが出来た。もっと欲しいと思っても、もう二度と得られはしない。身体が衰えるまで続けたいと願った、フレディの魂そのものだから。その身体はもう崩れ落ちる寸前。ロジャーとジョンには、分かっていた。自分達は、この日が来るのを待っていただけなのだと。

* * *

思い返しながら、彼はその日のことについて考えた。曲全体を通して、何か不思議なものを感じたのだ。目の前でフレディはただそこに立ち、軽い動作を行っていただけなのに、ジョンはそのパフォーマンスに驚いた。 病状は隠せないのに、可能な限り長く続けようという決意が見て取れる。おそらく、あと少しだけ長く、と。フレディの瞳は以前より多くを物語っており、ビデオでそれが顕著に表れていた。「I still love you」それが最後の言葉。完璧なショット。
ジョンはまだ、エレガントな広い廊下の前に立っていた。フレディはいない。いるのはただ、シャンペンを飲み、笑いさざめく人々だけ。出て行こう。新鮮な空気が欲しい。行く手にある爽やかな空気の匂いをかごうと、ジョンは、ドアへと向かった。


Part Five : 消えゆく星

ジョンは彼らから電話がかかってきた日のことを思い出した。不思議な夜だった。他よりも燦然と輝いていた一つの星を見たのは確かだ。今までに見た事も無いようなその星は、彼に微笑みかけてきそうなほどだった。空を見るよう、ブライアンに電話しようかと思った。彼なら今自分が見ているものが何なのか教えてくれるかもしれない。ジョンはしばらくの間、仰向けになって空を見上げていた。ブライアンに電話すべきかどうか考えて、ようやく電話に手を伸ばしたとき、呼び出し音が鳴ったのだ。驚いてジョンは身を引いた。あまりびっくりしたので、出るのに少し躊躇した。
ジョンはもう一度空を見上げた。寒い11月の夜空。フレディの死から数日経っていた。その星はまだ空に留まり、明るく輝きながら、ジョンに微笑みかけている。今まで見た中で一番立派な星だと思った。彼は星に微笑み返した。

* * *

夜遅く、とある家の周りにプレスやファンがたむろしていた。好奇心溢れるプレス。懸念に満ちたファンたち。家の中では、広いベッドに一人の男が横たわっていた。猫が傍らにいる。部屋は静まり返り、淡い照明の中、聞えるのは男の息遣いだけ。かつては強靭だった、今はやせ衰えた身体はシルクで覆われている。もはや何物も映してはいない両の瞳は苦しげで、暗く、物憂い。活発だった両の手はシルクの上に乗せられたまま、動くことは無い。この男に遺された命はあとわずかだった。富と名声をもたらした人生は、時に孤独をも彼に与えた。この最後の日々、彼は求めていた人生を、愛する人々からの温かさ、友情、そして信頼を得た。ようやく、自分の居場所を見つけたのだ。彼の魂は弱った身体を抜け出ようとしている。酷い痛みに打ちのめされてきた身体は見るも痛々しい。魂は大きな邸宅内にいる、面倒をかけた者たちの元へと出向いていこうとしていた。見下ろした身体は弱々しく瀕死の状態だが、魂は力強く、生き生きとしている。もう行かねばならない。新たな次元へと。身体を置いて、新たな冒険へと旅立たねば。魂は最後の旅へと向かった。最初に広いベッドに横たえられた身体を抜け、エレガントな部屋を抜けた。階下へ向かい、静かに囁きあう二人の人物の 間を漂う。魂は、誰かを家の外へ送っていた男の頬に軽く触れた。彼に最後のキスを与えたのだ。
「ジム?」
呼ばれた男は魂の側を離れ、もう一人に向き合った。
「ジム、彼は何と?」
「先生かい?ボミとジャーを呼ぶのは少し待ったほうがいいって。フレディはまた良くなるかもしれないから」
もう一方の男は頷き、床に目を落とした。しばらくの沈黙の後、男は言った。
「フレディのパジャマを替えに行こう」
医師は、彼がまた持ち直すかもしれないから、両親はまだ呼ぶなと言っていた。そこに立っていたのはアシスタントのフィービーと、'夫'のジムだった。彼らの心はベッドの中の男で占められている。
「来いよ」
ジムは静かに言い、階段を上った。
「パジャマを替えてあげよう」
頷いたフィービーはそっと従った。医師が出て行った後も同じ状態で男は横たわっていた。幾分穏やかになったようだ。纏っているパジャマを脱がすために向きを変え、ボタンを外す。突然その手が止まり、静かな声がこう言った。
「フィービー、彼は逝ってしまった」

魂は家を抜け出た。何をすればよいか分かっていた。富や名声、孤独を得た人生を去るときがきた。自分にとって、たった一つの人生だった。身体はもう動かず、魂は留まることが出来ない。なすべきことをしたのだ。魂は、一人の若い男を覚えている。アイデンティティを探そうとして叶わず、自らそれを作り出した男。フレディ・マーキュリー。彼はこのアーティストの人生を行きぬかねばならなかった。時にはそうでなければ良いのにと願いながらも、彼はフレディ・マーキュリーであらねばならなかった。ごく初期の頃から、こうすべきだと、このように生きねばならぬと、分かっていた。有名になり、裕福になり、そして、若くして世を去るだろうことも。これは誓約だった。すべてをもたらしてくれた誓約。友情や愛の他、闘いや痛みまで。魂は新たな経験へと旅立った。空高く、新しい旅のための身体を求めて。

* * *

この気持ちをフレディと分かち合えればよいのにとジョンは思った。その思いが吐いて出る。
「ねえ、君も感じるよね?」
その星を見上げて、彼は微笑んだ。
「フレディ、どこかにいるんだろ。僕には分かるよ」
ようやく満ち足りた気分になれた。この思いをずっと残しておこう。
「ねえフレディ、僕は君を誇りに思うんだよ」
星は笑い、ジョンに向かって瞬いた。
Chapter 1 Chapter 3

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